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月が3月から4月に移り行き、桜の季節の到来である。日本人ネイチャーカメラマンであれば誰もが熱くなるであろう被写体に、今年も真正面から立ち向かうために有給休暇を取ることにした。休日の桜の名所は何処に行っても落ち着いて撮影が出来ないからだ。仕事は多忙を極めているので、休暇を取る為にはかなり前からその日を「休日」として業務計画に組み込み、「海外出張による不在」と同等の重要さで仕事全体の進捗をコントロールしなければ休めるものではない。 「その日」が近づくにつれて、桜の咲き具合と天気予報を頻繁にチェックして、目的地と撮影コンセプトを考える。「その日」の咲き具合では毎年通っている「錦帯橋」が良いみたいであるが、既に3年通って主だった桜は撮り尽した感があり、私なりの写真を撮る上では被写体の状況に限界を感じていた。
2003年4月4日午前4時。僅か2時間の睡眠で起床した。外は予報どおりに雨である。4時過ぎにクルマに乗り込み、本格的な雨の中を「安芸津」目指して走る。そして夜の帳が明け始めた5時半に安芸津駅に到着した。駅前にあった地図を見て、今度は正福寺山公園の山上駐車場を目指す。この駐車場に至る道は「裏道」と呼ぶに相応しい細い道で、手持ちの道路地図には載っていないのだ。数分で駐車場に着くと誰もいない。ローカルな公園の、平日の、雨の日の、午前5時半である。当然と言えば当然か。
撮影する桜の目星をつけてからクルマに戻ると、その時にお腹が鳴った!まだ朝食を食べていないのだ。腹が減っては戦は出来ぬ、とばかりに私はクルマをまた走らせて山を下り、国道沿いにあるコンビニで朝食を採った。そして再び駐車場に戻ったのは6時過ぎだった。
次はいよいよ屋外での撮影である。まずは目の前の桜の全景を撮影したくなり、レンズをEF28-105/3.5-4.5に付け替える。そして傘とタオルと三脚を持って表に出た。一つしかない傘は、カメラマンの為ではなくカメラ&レンズの為にある。タオルもまた同様である。移動&構図作りの時にはタオルをカメラ&レンズの上にかけて、更に傘をさしておけば機材が濡れる心配は殆ど無い。但し三脚が濡れることは諦めるしかない。カメラマン自身もまた同様である(悲)。
次のアングルを探して桜の周りを歩き回るが、全景としてはめぼしいアングルが見つからず、水滴を主題にしたマクロ撮影に切り替えることにする。それでまたクルマのリアシートに戻り、レンズをタムロンマクロに付け替えた。
駐車場脇の桜を撮り終えて、次は山頂付近の展望台に向かうことにする。機材一式をカメラバッグに収めて、バッグや三脚が濡れるのを覚悟で傘をさして歩いて行く。展望台に到着すれば、びっしょりと濡れたカメラバッグ表面をまずタオルで拭き、バッグ内部への水の浸透を抑える。そして展望台の周りの被写体を細かくチェックした。一見良いと思っていた桜も、花見の名所の公園の桜がそうであるように、提灯とそれを吊るす電線が縦横無尽に張り巡らされていて、なかなか絵にならない。そんな電線を避けつつ、展望台から見下ろせる崖下の桜を狙う。いつもは見上げるばかりの桜を、真上から撮影するアングルは新鮮ではある。しかし枝があまり見えないので、構図のまとまりをつけることが難しい。枝の代りに黒い裂け目のように見える「花の無い部分」の配置で構図にまとまりをつけてゆく。それで撮影.....
次に展望台の周りの桜に目をやるが、電線の為に引いた写真は難しく、マクロで水滴を再度狙う。しかし難しさは変わらず、なかなか絵になる花と水滴の組み合わせを見つけることが出来ない。それでまた1時間ほど被写体探しで悩んでいたときに、ポタポタと頻繁に雫が落ちている花を見つけた。で、この落ちる雫を撮影することにした。ファインダーで雫の様子を見れば、明るい背景に溶け込んで殆ど存在感が無い。それで雫の後ろが暗くなるように構図を調整し、かつ花やつぼみとのバランスも良くなるようにカメラのアングルを調整した。で、撮影....がこれは難しかった。せいぜい10数センチの範囲しか写していないマクロ撮影で、雫の落下を見てからシャッターを押したのでは遅すぎるのだ。雫が画面から消えるのに1/10秒もかかっていない気がする。それで雫の落ちるリズムと、雫の成長と落下の様子を仔細に観察して、落ちる瞬間を予測して、それにあわせてシャッターを切った。その様にして同一アングルで15枚ほど撮影したが、しかし落下中の雫が写ったのは僅か3カットだけであった。
昼も近づき、正福寺山公園での撮影はこれで終わりにした。
午後は呉市阿賀町にある「大空山公園」を訪れた。ここは呉市内から近く、桜の名所として知られているが、普段は訪れる人も殆どいない、標高200mほどの山上公園である。この日は花の状態が良いとはいえ、雨の平日なのでやはり誰もいなかった。例によって先ずは機材を持たずに公園内を歩き状況観察をする。公園の一番奥には3階建ての展望台があり屋根も有るが、桜の木はむしろそこに至る途中にあるので、今回は展望台を撮影基地とはせずにクルマを基地として、レンズ一本で一周、レンズを交換してもう一周という撮影スタイルを採ることにした。 最初のレンズは色々と考えた結果、水滴撮影が出来て背景整理の楽なシグマの180mmマクロとした。それで傘とタオルと三脚を持って撮影を始めると、先ほどまでは無かった霧がいきなり私を迎えてくれた。それで少し離れた染井吉野をファインダーで狙えば、濃い霧の中に息を呑むほどたおやかに漂っている。この様な絶景にめぐり会えるのも、雨の日ならではだ。他には誰もいない。独り占めの絶景である。すかさず数カット撮影するが、霧は生き物であり直ぐに無くなってしまった。
その後は水滴のマクロ撮影で一時間ほどを過ごした。正福寺山公園よりも染井吉野の状態がよく、比較的楽に「絵になる」花を見つけることが出来た。降り頻る雨の中では、形の良い水滴もどんどん落ちてしまうが、暫く待っているとまた水滴が生まれてくる。それで水滴の状態が丁度良くなるのを待ってシャッターを押した。雨の日の撮影はこの様に「待ち」が多くなり、自ずと時間がかかる。 やがて展望台のところにたどり着き、3階の屋上に上がってみる。屋上からは眼下に広や阿賀の街並みが見えるが、一箇所だけ色とりどりの新緑に混じって、数本の桜の木のある尾根があったので180mmで狙ってみる。この180mmが切り取る情景は、街並みからさほど離れていない場所とは思えず、まるで大山かどこかの山奥の様である。しかし構図造りを始めると、桜の木と新緑の配置はとても良いのだが背景にどうしても送電線が入り込む。それでシャッターを押すのを躊躇っていたら、異変が起きた。風雲急を告げる、とでも言うのだろうか。突然強烈な突風が襲ってきて傘を飛ばされそうになった。それと共に回りの景色も一変し、山並みから立ち上っていた霧が暴れるように動き出した。目の前には竜巻のようにとぐろを巻いて立ち上る霧もある。この異変によって、桜の木のある尾根の背後に霧が沢山立ち上り、送電線を覆い隠してくれた。あたかも天が私の悩みを聞いてくれて魔法をかけたかのようだった。それで、その機を逃さず数カット撮影する。
これで1周目の撮影が終わった。当所の予定ではレンズを付け替えて2周目の撮影をする筈だったが、既に時は4時を過ぎ、2時間睡眠/朝4時起きの身に疲れを感じたので、この日の撮影を切り上げることにした。
雨の日の撮影は、晴れの日よりも充実している気がする。雨の日は晴れの日には無い色合い、遠方が霞む事による独特の空気の奥行き感、マクロ撮影では水滴のアクセントを恵んでくれる。更に加えて天候の急激な変化は思いもかけない絶景を恵んでくれたりもするのだ。何より雨の日の情景は写す人が少ないので、それだけ良い作品に恵まれる可能性が高いという事でもある。良い作品の条件は、一つには作品としてのまとまりもあるが(この点でも雨は有利だと思う)、もう一つは「他に似た写真が少ない」という事もあろう。多くの人が写している典型的な美しい情景写真は、絶対的には綺麗であったとしても、今さら見せられなくても、撮らなくても個人的には良いと思う。 雨の撮影道具、それは傘とタオルと濡れても大丈夫な靴。そして少々の気力体力である。絶景を求めて皆さんもカメラを持って雨の中に繰り出してみては如何であろう。
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