私はかつて二種類の中望遠マクロレンズを所有してました。キャノンのEF
100mm F2.8 MacroとタムロンのSP-AF 90mm F2.8 Macroです。以前、その比較記事をとある写真関係のホームページに投稿したことがあります。けしからん事にそのホームページは勝手に閉鎖され、私の記事は闇へと葬り去られたので、ここに掲載してみようと思います。
なお、この執筆は98年4月ですので、私のマクロ経験は現在と比べるとかなり劣る時代のものです。その点をご容赦を。なお、この比較記事で酷評したEF
100mm F2.8 Macroは二本目のタムロンマクロの下取りとして売却しました。
EOSユーザーが100mmクラスのマクロレンズの購入を考えるとしたら、候補はこの2本と、シグマの105mm
F2.8 EX Macroでしょう。我が家は家族でマクロ撮影を楽しむので、カメラの数(EOS2台)だけマクロレンズが必要であり、同じレンズを買うのも芸がないのでこの二本を買いました。そこで、その比較レポートをします。
・大きさ、重さ、使い勝手
タムロン;全長99.5mm、重量414g、フィルター径55mm、フード付属
キヤノン;全長105.5mm、重量650g、フィルター径52mm、フード設定無し
タムロンの鏡筒は濃いガンメタリックのプラスチック製で、見た目はまるでオモチャの様だ。高級感は全く無し。デザインも格好良いとは言えず、特にフィルターとフードを装着する部分の形が分厚いフランジ状になっていて、はっきり言って醜いデザインである。この部分を隠すためにも付属のフードは必需品である。しかし、このフランジ形状と付属フードはキヤノンにはないメリットを発揮する。それはステップアップ/ダウンリングを使って様々なサイズのフィルターを、けられの心配をせず、しかもフードを付けたままで(つまり逆光時のフレアの心配も余りせずに)使える事だ。フィルターねじは55mmで切ってあるが、厚いフランジはそのねじ径の内側/外側に相当のデッドスペースを生み出しており、恐らく49mm〜62mmのフィルターは問題なく使えると思う。もちろんキヤノンサイズの58mmは全く問題なし。そしてフィルターを付けたままでフードの脱着が可能である。フィルターサイズのレンズキャップを用意すれば、他のEFレンズと同じ58mm径感覚で使うことができる。
タムロンのレンズは非常に軽い。これは昆虫などを手持ちで撮るときに重宝する。
キヤノンのレンズはタムロンの対極。一部分を除いて金属製の、艶のある漆黒の鏡筒は高級感があり、タムロンに比べてやや細長いデザインも遥かに美しい。特にEOS-1Nの様な真っ黒なボディを持つカメラには、タムロンではミスマッチであろう。マクロレンズはインナーフォーカスで無い限り、繰り出し量が50mm以上に及ぶフォーカシング機構を納めるために鏡筒が長くなり、レンズ前面が鏡筒先端からかなり奥まった所にある。キヤノンのマクロはこの窪みの入口が迷光を効果的にカットするような絞り環となっていて、凝ったフード構造を持っている。それ故かフードの設定はなく、他のレンズ用のフードも装着出来ない。しかしこれは弱点だと思う。このマクロのレンズ面は相当に奥まったところにあり、ひとたび水など(マクロが得意とする被写体に水滴がある)の汚れが付着した場合、その清掃は面倒臭そうだ。だからプロテクターフィルターを使いたくなるのだが、そうするとフード設定が無い事が仇となって、フィルター面でのフレアが心配となる。もちろんPLフィルターなど、本来のフィルター効果を狙う撮影でも逆光時は要注意である。
さらに中級EFレンズでありながらフィルター径が52mmと言うのもいただけない。一部の旧式EFと、Kissのおまけに付いてくる35-80、80-200mmを除けばEFレンズは58mm径かそれ以上である。ステップアップリングを用いないと他のEFレンズとフィルターが共用できない。
このレンズはずっしりと重く、高級感を醸し出している。当然、機動性はタムロンに劣る。
キヤノン製のマクロストロボを使おうとすると、タムロンには鏡筒先端のフランジ径が大きすぎて装着出来ない。このストロボがEFマクロの鏡筒先端にある溝に装着するようになっているためだ。EF180mm
F3.5 Macro用に72mmアダプターがあるので、それと72mm→55mmステップダウンリングを併用すれば装着できるかもしれないが、確認していない。
・フォーカス機構
タムロン;小型モーター駆動。フォーカスリミッタースイッチ付き。
AF/MFの切り替えはAF/MFスイッチの他に、フォーカスリング
の切り替え操作も必要。
キャノン;小型モーター駆動。フォーカスリミッタースイッチ付き。
AF/MFの切り替えは通常のスイッチ。フルタイムマニュアル
フォーカスはUSMでは無いので不可能。
この2本のマクロレンズは非常に似通ったレンズ構成を持っており(9群10枚)、どちらも前群の7枚を鏡筒ごと50mmほど繰り出すフォーカスメカニズムとなっている。この重い前群レンズを、かなりの距離を動かす為か、どちらもAF性能は普通のレンズと比べると大きく見劣りする。モーター音はかなり大きく、動作も鈍い。特にリミッタースイッチを入れずにAFが迷ったりすると、無限遠と等倍位置の間をレンズが行き来するので、合焦するまでに3〜4秒は待たされる。従って通常撮影時にはリミッタースイッチが必須だが、困ったことにリミッターに引っかかってもその様なシグナルがカメラ側には送られないようで、暗い状況下ではモーターが反転せずにそのままクークー言っていることがある。特にタムロンにはその傾向が強い。この様な場合は一旦シャッターボタンを放し、カメラを明るい方向に向けて再度AF作動させなくてはならない。どちらも明るい状況下でのポートレート撮影ならばAF性能に問題はないが、スポーツ撮影はどちらにも無理(無謀)である。
AF速度の比較では、両者共に余り大差なく遅いが、ややキヤノンの方が速いように感じる。
マクロ撮影はマニュアルフォーカスの世界。このフィーリングではタムロンが圧倒的に優れている。キヤノンのフォーカスリングは、一旦ギアで減速されてからフォーカスカムを動かす構造になっており、常に減速ギアを回しているジージーという感触が付きまとう。減速構造を持つフォーカスリングは360゜以上まわってしまい、リングの動きと、距離計目盛の動きは一致しないし、フォーカスリング操作が忙しい。
タムロンは本来のAF/MFスイッチに加えて、フォーカスリングもAF時とMF時で切り替える構造になっている。これはMF時の好フィーリングを実現するための構造と思われ、MFポジションでのフォーカスフィーリングは直接フォーカスカムを動かすダイレクト感、適度なトルク感、そして絹の様な滑らかさを持っている。タムロンのマクロは恐らくEOSに装着できてAEが完全連動するレンズの中では世界最高レベルのMFフィーリングを持っているのではなかろうか。キャノンのリングUSMは構造上減速ギア(フルタイムマニュアルを可能にする為の差動ギア)が必須なので、EFレンズではタムロンマクロのフィーリングには及ばないはずだ。EOSにタムロンのマクロを装着してMFでポートレートを撮っていると、EOSであることを忘れて、あたかも古き良き時代のMF機を使っているような錯覚を楽しむことが出来る。
しかしタムロンの、AFとMFの切り替えにメインスイッチとピントリングを同時に切り替えねばならぬ事は結構煩わしい。「メインMF/リングAF」ポジションではカメラはMFモード故にフォーカシングせず、一方フォーカスリングはAFモードゆえ空回りするのでカメラマンは何も出来ない。「メインAF/リングMF」ではAF作動時にフォーカスリングも回ってしまいモーターに過大なトルクがかかるため、故障の原因になるとされている。ところがこのポジション、ワンショットAFの場合は合焦後AFモードのままピント修正が出来る。そこで私はポートレート撮影などで、正規のAFポジションで合焦後にフォーカスリングだけを切り替えてピント修正を行っている。謂わば疑似フルタイムマニュアルフォーカス。本家のキヤノンに出来なくて、外様のタムロンに出来る面白い芸当である。但しこの芸当はサーボAFの時には決して使ってはならない。ピントリング操作を打ち消す方向にモーターが動き、モーターに無理なトルクがかかるからである。いずれにしてもこの芸当はタムロンが禁じていることなので、本人の責任で活用いただきたい。
・画質
タムロン;レンズ9群10枚、絞り羽9枚
キャノン;レンズ9群10枚、絞り羽8枚
タムロンのマクロは一世を風靡しているだけあって、他のレンズと比べるとコントラスト、解像度が高いように感じる。発色も極めて鮮やかだ。初めてタムロンのマクロで撮影した娘の写真を見たときに、その鮮明さにビックリした。花や昆虫などの撮影ではその描画性能が最大限に発揮される。但しポートレートにはこの描画性能は必ずしも良いことではないと思う。その娘の写真には頬のあばた、うぶ毛などがはっきり過ぎるほどに写っており、加えて鮮やかすぎるような発色は悪く言えばナチュラルさに乏しい印象を受ける。同じ時にEF50mm
F1.4USMで撮影した写真は、悪く言えばベールがかかったような、でも優しい、ナチュラルな雰囲気にあふれていた。
タムロンのマクロに比べるとキヤノンのマクロはさすがにEFファミリー。EF50mm
F1.4に通じる解像度と発色を持っている。悪く言えば解像度、コントラストがタムロンよりも低いが、画像が優しくナチュラルだ。
マクロの命のボケ具合という点では、キヤノンには大いに失望した。開放以外で撮影したときの光源ボケの形状がかなり明瞭な八角形になってしまうのだ。加えて光源の輝度が高く、絞りがF3.5〜F5.6の時には、恐らく絞り羽が重なる部分での光の回折効果で八角形のボケの角からヒゲが生えてしまい、まるで手裏剣の様な形になってしまう。はっきり言ってキャノンは逆光では絞り開放か、光源ボケの出ないような絞り込んだ状態でしか使い物にならない。一方のタムロンはどの絞り値でもかなり良好な円に近い九角形を維持している。絞り羽の数とその形状、そしてメーカーがボケに賭ける意気込みが違いを生んだようだ。また、アウトフォーカス部分のボケの風合いもキヤノンはタムロンに比べて相当に「固い」。
・価格など
タムロンはキヤノンに比べると、実売価格は新品、中古共に1〜2割安い。タムロンの新品には加えてマクロ撮影キットという形での販売もある。こちらにはレンズ/フード/ケースにの他に、背景シートという色のついた厚手のビニールシートが数種類、標準反射率板、小型のレフ板、そのレフ板をアクセサリーシューに付けるクリップ、被写体に水滴を付けるための小型霧吹き、そしてマクロ撮影の簡単なガイドブックがセットされている。このセットは定価では7000円ほど高くなるが、実売価格では大差なく、結構役に立つグリコのオマケになっている。
・結論
採点すれば、タムロン90点、キヤノン60点ぐらい。
これからこの二本のマクロのどちらかを買うのであれば、ためらいなくタムロンを薦める。タムロンはデザインこそおもちゃの様だが、各所にマクロの老舗としての意気込みとこだわりと工夫が感じられる。唯一の懸念は純正マクロストロボの装着であろう。一方のキヤノンのマクロはEFレンズ群の中で継子扱い。発売から既に8年も経過しており、モーターにはUSMはおろかAFDすら採用されておらず、設計の古さが目立つ。ボケを初めとする幾つかの性能はタムロンを知る身としては許し難いレベルにある。次期モデルチェンジでは12枚羽絞り+インナーフォーカスUSM+IS+100mm
F2.0の様な、トップメーカーとしての威信と意気込みを感じるマクロレンズの登場を期待したい。
シグマの新型105mm F2.8 EX Macroは非常に気になる存在だ。キヤノンとタムロンの比較では、性能/価格/使い勝手面ではタムロンの圧勝。デザイン面ではキヤノンの圧勝である。ところがシグマのマクロは個人的には格好良いと思うし、重量も約450gとタムロンに匹敵する軽さを実現している。フードも付いているし、フィルター径はEOSユーザーには有り難い58mmだ。まるでキヤノンとタムロンのいいとこ取りした様なレンズで、これで定価は破格の57000円(キャノン75000円、タムロンは72000円。しかもシグマはタムロン同様に値引率が良い)というから魅力度大だ。実勢価格を調べても、発売したての新品にも拘わらずキヤノンの中古よりも安いぐらいだ。気になる所と言えば絞り羽が8枚しか無い事と画質(特に逆光性能〜マクロが最も活躍する光線状態での性能)だろう。私の持っているシグマの28-70mm
F2.8-4.0は悲しくなるほどに逆光に弱く、他の多くのシグマレンズも雑誌で逆光に弱いと評価されているからだ。
・最後に、中望遠等倍マクロのすすめ
等倍マクロレンズが作り出す映像世界は、普通の目では見ることの出来ない格別なものだ。ピントが合ったところの解像度/コントラストの高さと、開放/等倍時に1mmにも満たない被写界深度、そしてその前後の非常に大きな美しいボケ、これらが織り成す映像をピントリングを回しながらファインダーから見ていると、まるで御伽の国の万華鏡を覗いている様である。路傍の雑草さえ、マクロにかかればこの世の物とは思えないほど美しい被写体に化ける。等倍マクロを手にした途端に、恐らく誰もがマクロの映像世界に感激しハマル事は間違いない。
一方、ポートレート等の通常撮影に於けるマクロレンズの醍醐味は、最短撮影距離を全く忘れることが出来る事だろう。魅せられた物に寄りたいだけ寄って撮れる。これが一般の中望遠レンズだと1m前後で限界となり、それ以上の撮影を諦めなければならない。この距離制約から解き放たれたマクロレンズの自由さは一度味わうと止められなくなる。
マクロレンズのミソはこの二つの世界の間をピントリングの操作だけで一瞬にして行き来できる事であろう。一般のレンズにクローズアップレンズや中間リングを装着しても、画質、機動性の両面でこのマクロレンズの醍醐味を味わうことは難しい。
今回はキヤノンとタムロンの比較をしてみたけれど、このレンズ同志の性能差よりも一般のレンズとマクロレンズの世界の違いの方が桁違いに大きい。そしてマクロの特別な世界と醍醐味を楽しめるのは持っている人だけの特権である。まだマクロレンズを経験したことの無い人は、どの等倍マクロでも良いから万策(買う、借りる、貰う、奪い取るなど)を尽くして入手し、体験してみることをお勧めしたい。
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