♪♪♪ 今回はドキュメンタリータッチの口調で...(^^) ♪♪♪
9月23日午前4時、枕元で目覚ましが鳴った。慌てて右手で目覚ましを止めて、布団の上で暫く七転八倒する。睡眠時間は3時間半、まだとても眠い。そして数分の七転八倒の末に、眠さでボケた頭と頬を手のひらで叩きながら起き上がる。
「うっ、寒い」
秋が一気に来たような感じで、夜明け前の部屋は寒かった。何を着て行こうか迷ったが、長袖の綿のシャツに、セーターを着込んだ。一週間前にも早朝に起きたが、その時は半そでのシャツに薄地のカーディガンで撮影に出掛けて特に寒い目に遭わなかったので、長袖シャツにセーターなら十分だろうと思った。しかし...
服を着て、洗顔し、眠気覚ましの「チオビタ・ゴールド」を一気飲みした。カメラ機材は寝る前に準備してある。10kgは軽く超えるカメラバッグと、三脚であるマンフロット055CB、小さな機材を収めたウェストバッグを持って玄関の扉を開けた。
「さ、寒いぃぃぃぃ〜」
その朝はこの秋一番の寒さだった(後でニュースで聞いた)。長袖シャツにセーターを重ね着したというのに、その寒さに驚き、私はカーディガンを取りに部屋に戻った。カーディガンを更に重ね着して表に出ると、何とか寒さに耐えられた。
外は真っ暗。新聞配達の人だけがせわしく走り回っていた。良い天気である。空には星がいつもよりも多く煌めき、半月に達していない細い月が東の空から登り始めていた。クルマに乗り、エンジンをかける。カーオーディオを鳴らすのが場違いなほど周りは静かである。クルマの温度計を外気に切り替えると15度をさしていた。
クルマを走らせる。目的地は広島県北部にある庄原。先週の撮影の帰りに良い感じのコスモスの群落を野原の中に見つけたのだ。今週末は花の状態も最高のはずなので、そこを目指した。
クルマを走らせながら空に目をやると、ヘッドライトの明るさに負けず空の星が明るく見えた。高度低い月は山陰に隠れたり、現れたりしている。これだけの綺麗な星空なら、目的地に着く前にどこか郊外で車を止めて星野写真を撮ってもおもしろいかも知れない。そんな事を考えつつクルマを走らせ、やがてT路地を右折し広島市内から三次まで通じる県道に入った。ここからは都市間横断運転モードに切り替わる。眠気もそろそろ消えてきた。
クルマは殆どいない。自宅から三次までは約65kmあるが、すれ違うクルマは10台をわずかに超えるぐらいしか無い。休日の昼間なら渋滞している道なのに、早朝はすいすい走れる。赤信号も全く無く実に時間効率が良い。早起きは得である。星野写真を撮るのに好都合な背景を探しつつ都市間横断モード速度で運転していると、向原の手前で濃い霧が出てきた。おお、今日は霧が凄そうだ!そして外気温計の示す温度もどんどん下がって行く。向原のあたりで既に10度を切っていた。
この霧は濃くなったり薄くなったりしながらも、三次に着くまで晴れることは無かった。だから星野写真は諦めて、一気に三次駅まで走った。到着は5時15分。家を出てから1時間も経っていない。日中なら間違いなく1時間半から2時間近くかかる。早起きは本当に得である。外気温計は7度を指している。クルマを降りると、寒い!
三次駅でトイレを借りる。野原での撮影中はトイレに行けないので、必ず事前に済ませておくのだ。今回のような撮影だけではなく、日の出撮影、日没撮影の様に長時間トイレのない場所で待機しなければならない撮影でも、事前と事後にトイレを済ませられるような場所を確保するのが、目立たないようでかなり重要な問題なのである。
トイレを済ませて駅舎に入る。案内表示を見ると5時30分に列車が出るという。定期券申込用紙を書くテーブルの上に時刻表が有ったので、一枚頂戴する。5時30分の列車は福塩線で、5時41分に塩町(三次から東に3つ目の駅)に到着するとある。三次駅付近では絵になる場所がないのは判っていたので、私はクルマに乗り、濃霧の中を塩町方面に向けて走り出した。しかし、そこは行ったことのない駅。暫く道に迷って駅前に着いたのが5時35分。駅は住宅街の裏にあった。もうすぐ列車が来てしまう。駅その物は小さく、駅舎からでは線路が見えない。仕方なくまたクルマに乗り線路沿いを走ると、100mも行かずに踏切があった。そこにクルマを停めてカメラと三脚を下ろす。そこで霧の中の夜汽車(本当は朝の列車)という写真を撮ろうと思ったのだ。まだ夜は明けておらずあたりは暗い。薄明は始まっているはずだが、濃い霧はそれを隠す。しかし...三脚を手にした瞬間に踏切の警報機が鳴ってしまった。列車が来てしまったのだ。三脚をセットする時間が無い。仕方なくカメラだけを持ち、踏切の脇から構える。絞り開放でシャッターは1/4秒。そんなの無理だろう!と思いつつシャッターを切った。(案の定ブレブレで絵にならず(^_^;)
だれもが寝静まった霧の明け方は、しかしカメラマンは時間との戦いのようである。次はコスモスを求めて塩町を後にする。途中で下和地(しもわち)という野原の中の無人駅に寄る。線路端には彼岸花のある事が多いからだ。しかし、目指す彼岸花は無かった。そろそろ夜が明けたのだろう、あたりが明るくなってきた。しかし霧のために空の様子は判らない。太陽が出たのか出ていないのか? 時計を見ると、5時50分過ぎ。時間からするとまだのようだ。秋分の日と春分の日は昼と夜の長さが(ほぼ)おなじなので、日の出/日没は共に6時(頃)である。外気温計は6度をさしている。殆ど冬の気温である。セーターに薄手のカーディガンではやっぱり寒い。
そこから暫くクルマを走らせると、先週見つけたコスモスの群落に着く。沢山のコスモスの花が霧の中に立っているのが見えた。幸いにその群落の脇にはクルマを停められるスペースが有った。そこにクルマを駐車し、見事な朝露に濡れた草を足でかき分けながら、野原の中を群落に近づいてみる。靴はあっと言う間にびしょ濡れになる。最近買った「撥水加工」してあるウォーキングシューズは結構優れ物で、蒸れることなく、濡れても洩れてこない。この様な撮影では助かる。
コスモスの花は見事に満開で、しかも野性のコスモスはひとつひとつが思いのままの方向に咲いて、ワイルドな存在感を醸し出していた。霧に包まれた背景は人工物を覆い隠し、そこがあたかも広大な草原の様な景色に脚色していた。この様な景色に巡り会えると「早起きして良かった」と思う。
EOS3にはトレビ100Cを入れてある。夜明けの草原は暗く、露出倍数のかかるマクロ撮影でベルビアが使える明るさではない。トレビ100Cはプロビア100Fに似て表示よりも実効感度が高く、あっさり系の発色なので、性格が全く逆のベルビア流の露出をしているとオーバーになりやすい。また朝霧の質感を出すためにも、ややアンダー目の露出を心掛ける。
霧の夜明けには風がない。いつものことなのか、その日だけの事なのかは判らないけど、朝霧の漂う草原には風がない。コスモスやその周りの葉には無数の水滴が着いていて、それらが風に揺られることも無く優しい光の中で輝いていた。私はレンズを様々につけ換えながら、撮影を進めて行く。我ながら凄い勢いだ。どんどんフィルムを消費する。コスモスの露出はプラス0.5(0.3)とプラス1というのがKENのルールだが、先程の条件を加味して控え目に、マイナス0.3からプラス0.7の間で、被写体の構図、明度を見てこまめに変えて行く。段階露出は基本的に二枚。当たり目と思う露出と、そのプラス0.7。この辺の勘どころは長年のデータの蓄積がものを言う。
ふと下の方に目をやると、蜘蛛の巣がいくつかあって、朝露に濡れた蜘蛛がその真ん中でじっとしていた。蜘蛛の巣ももちろん朝露に濡れて、宝石のような風情になっている。私はそれを撮るために、上半身までも濡らしながら撮影を続けた。何故なら、蜘蛛の巣と平行のピント面を作ろうとすると、どうしてもコスモスの茎の中に頭を突っ込まざるを得なかったからだ。しかしそれをする前にコスモスの水滴のチェック。絵になりそうな水滴があれば、頭を突っ込んで落としてしまう前に撮影しておく。
遠くから列車の音が聞こえる。やがて霧の中を一両編成の列車が走ってきた。コスモスを前景色に使って数枚撮影した。どんなに素晴らしい被写体を目の前にしていても、列車が来ると元「鉄道少年」は少年時代に戻るのだ。
これらの素晴らしき被写体を目の前にしたKENは寒さのことも忘れていた。
やがて風が出てきた。そして朝霧が動き出す。いままでじっとしていたコスモスが息吹を取り戻したように揺れ始め、朝露が次々に地面に落ちて行く。撮影を急がなくては...。
霧の間から太陽が顔を出した。そしてまだ残っている朝露が一斉に輝きだした。私はフィルムをベルビアに換えて、更に撮影を続けた。
そうているうちに、いつしか霧が完全に晴れてしまった。霧が晴れてみると、そこが広大な原野の真ん中ではなく結構人里の中なのだということが判ってしまった。もう背景は絵にならない。その辺りでこの群落での撮影を終了した。
群落での撮影開始が午前6時、撮影終了が午前8時過ぎ。この2時間あまりに消費したフィルムはトレビ100Cが2本半、太陽が出てから使いだしたベルビアが1本の合計3本半、約120カットである。
心地よい疲労感と充実感に浸りながら、撮影機材を一つ一つ丁寧にカメラバッグに収める。そして
ふと思い浮かんだ言葉が
「早起きは三本の徳」
いや、本当に得であり徳でもある。かなり充実した時間を過ごし、既に一日の量としては十分なフィルムを消費したが、まだ8時すぎ、まだ朝飯前なのだ!これからいつもの一日が始まるのだ。
今日という日はまだ長い!フィルムも十分にある。さて、次はどこへ行こうか!
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