「ねえ、見て見て! フリージア夫人のワルツよ!」
キッチンの窓際に座り込んだ女房が、ダイニングテーブル越しに顔をあげて嬉しそうに私に話しかけました。窓際に行って見ると、女房が摘み採ったばかりのフリージアの花を逆さまに立てて、床に並べて遊んでいました。オレンジ、黄色、白...色とりどりのフリージアは、フローリングの床の上でスカートを翻したような優雅な姿で踊っていました。
マンションのベランダガーデニングが楽しみの一つの女房が大切に育ててきたフリージア。満開を過ぎて花がしおれ出して汚くなってきたので摘み採ったそうです。女房がその摘み採った花を両手の手のひらに一杯集めて、ごみ箱に捨てようとした時に、ふとその美しい姿に魅せられて捨てるのをしばし止めて、床に並べ出したのです。その時にこのフリージアには「永く美しい記憶」という命が宿ることになりました。
私は女房があたかもチェスをするかの様に楽しみながら、ワルツを踊らせているフリージアを見ていて...
「そういえばEOS3にはフィルムが少し残っていたなぁ....」
私はおもむろに別の部屋に行き、オートドライの中からEOS3とタムロンマクロ、そしてアングルファインダーにポジメモ(撮影データを記録するメモ帳の事で、我が家ではこう呼んでいます)を取り出しました。そして女房のもとへ..
「あ、撮るの?」
と、ちょっと嬉しげで興味深げな女房。私もニコニコしながら窓際の光と背景を読み、花の位置を少し変えて、並べ替えました。そして床に座り込んで、カメラを床の上に直においてアングルファインダーから覗いてみます...
「背景が、イマイチだなぁ..」
キッチンに戻り、扉を開けて、取り出したのはペーパータオル。それを60cmぐらいの長さに切って、窓際に立てかけました。白く淡い背景を得る為です。そして構図づくりを開始しました。スリガラス越しの光は柔らかく、カラフルな花たちがマクロのボケの中で上品に見えています。花の隣同士、前後の花の色の組み合わせや、花の形の組み合わせをいろいろと考えて、花を並べ直して行きます。そして数枚撮影し、また構図をいろいろと変えて、また数枚撮影...
ファインダーを覗いた女房も「わぁ、きれい!」と嬉しそうです。
フィルムが残り少なくなったところで、徹底的にメルヘンチックに撮りたくなって、ピント位置をずらした二重露出をしました。そしてフィルム終了。撮影後もしばらくは花を並べ替えて遊んでいましたが、やがて花たちは女房の手でごみ箱の中へ...ちょっと寂しい気持ちになりましたが...
さようなら。
数日後、フィルムの現像が出来上がってきたら、そこには白い光の空間の中で踊っていた美しいフリージアの姿がありました...
やあ!おかえり。
私は春に撮った他の写真達と一緒に、このフリージアの花の写真もスキャニングして、A4サイズにプリントアウトしました。その写真を見て
「あら、可愛い!」
と、我が女房。
フリージアさん、美しくなって、こんにちは!
「ねえ、これってハガキにも出来るの?
「出来るよ」
「じゃ、一枚作って!」
数分後、ハガキにプリントした写真を渡すと、ニコニコ顔。
「このフリージアは種を貰ったもので、○○のおばあちゃんが沢山育てているの。」
「そのおばあちゃんに写真をあげようかと思って...」
その日の内に写真のいきさつをハガキに書いて、女房はフリージアの育ての親のおばあちゃんに出しました。こうしてごみ箱に入れられる直前に美しい姿を見せたフリージアは、おばあちゃんの元と、我が家のリビングに写真となって残ることになりました。
可愛いね...
さて、そろそろ月末。フォトテクニック誌応募の〆切です(笑)
何を出そうか迷う私....あのフリージアを?
し、か、し...直近号のフォトテクニック誌の「ノンセクション部門」の講評を読むと...
「しつこいようですが、何かが並んでいます、というだけの写真はやはり退屈です。」
と、大西先生...
「え”、これって何かを並べただけの写真は見たくないから、応募するなって事だよなぁ...(^^;」
「........」
「何かって、何?フリージア??(;¬_¬) 」
「ま、い〜や。継続は力なりってね! 応募することに意義があるのだ(^o^)/ 」
.....殆ど年間応募賞確保モード...殆どではなくて、完全にだ(^^;;;;
しかし、もう一度大西先生の文章を読み直すと
「これは、応募することに意義があるのではなくて、応募することに異議があるって言うことかなぁ(--;)」
「ま、見なかったことにしよう(オイオイ(^^; )」
時は過ぎて、6月のフォトテクニック発売日。その日はKENの誕生日。東京出張でホテルに到着して、すぐに本屋に...フォトテクニック誌を立ち読みすれば、そこにはワルツを舞っているフリージアの写真が!
フリージアさん、誕生日に、こんにちは!
EOS3, Tamron SP-AF90mm F2.8, F2.8, AE(+0.0EV,
1/800sec.), 二重露出, TREBI 100C
フォトテクニック2002年7/8月号に掲載された、フリージアの写真。大西さんのコメントには「バレエの舞台を見るように夢見心地です」とありますので、女房の「フリージア夫人のワルツよ!」という意図は伝わったようです。
後日、ある方からメールを頂きました。フリージアの大好きだったお父様が亡くなられて、その追悼集の表紙にこの写真を使わせて下さいとの事でした。ごみ箱に捨てられる直前に、ささやかな美しさを見せたこのフリージアは、更に多くの人々の心に留まることになりました。撮影した私にとってもとても嬉しい事です。
この一連の出来事を経て、このフリージアにはまるで自分の未来を決められる意思があったかの様な神秘的な気持ちになりました。 |
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