------- 撮影記です -------
貴婦人の様な品格を持つ湯来の枝垂れ桜は、KENが毎年「最上級の本気」で取り組む数少ない被写体の一つだ。この桜と対峙するには事前の方針が大切である 〜休日夜明けともなると桜の周囲はカメラマンに埋め尽くされて自由にポジションを変えて撮影することが出来ないし、全景を狙う場合に本当に美味しいポジションは1〜2名分しかない。加えて夜明けの印象的な光は精々30分間ぐらいの勝負である。だからあれこれ迷わずに方針を決めて、その撮影ポジションを夜明け前から確保して撮影に臨むことが肝要なのだ。〜 それでまだ雪の舞う季節の内から今年はどのように湯来の貴婦人と付き合うか考える。
『昨年の夜明けの撮影結果は良かったけど、あの写真は35mmでしか写していないよなぁ。貴婦人の全景写真には細部まで緻密に表現された画像の方が相応しいと思うし、出来れば全紙ぐらいのサイズで部屋に飾りたいものだ。やっぱ今年は大判/中判で夜明けの桜を撮るか。』
それで寒風の中にも春の温もりを感じる様になった頃、T町から4x5のフィルムを発注した。銘柄は勿論、夜明けの光の中で印象的な藍色に発色するコダック・エクタクロームE100VSである。実は4x5でE100VSを使うのは初めてだったりするが、性格を知り尽くしたフィルムを使う安心感は一枚あたりのコストが嵩む大判では余計に有り難く「もっと早くから使えば良かった」と買ってから思った。ブローニー(120)と35mmのE100VSは手持ちが十分にあり、今年はフォーマットを問わずE100VS+夜明けの光、1本勝負と決め込んだ(注:ここの1本勝負の1本は、フィルム1本だけという意味では勿論無い(^^;)。構図や絵柄も今年は色々チャレンジするのではなく「正攻法」「定番構図」で取り組み、めまぐるしく変化する夜明けの光線状態の中で入魂の一枚を狙う事にした。
3月中旬、気象庁は広島の桜の開花を4月1日と予報した。長年蓄積した桜の開花データを元にすると、今年は広島市内の満開が4月8日頃、湯来の枝垂れ桜の満開は4月16日頃になる筈だ。それで4月9/10日の週末を広島市内の桜撮影、4月16/17日の週末を湯来の枝垂れ桜撮影と目論んだ。実際の開花宣言は4月3日で予報よりも2日遅れだったが、その後の数日が暖かかった事も有り、目論見どおり4月8日には市内の桜が見事な満開になった。それで翌9日土曜日は朝4時前に起きて、毎年通う比治山公園に夜明けの桜撮影に出かけた。
一方、掲示板の方には知人から湯来の開花状況の報告があった。4月7日現在、まだ一輪も咲いてはおらず蕾のまま。だから予定通り翌週末(16/17日)が撮影好機だろうと思っていた。しかし...
夜明けの撮影の後で休憩も無く家の所用で外出し、帰宅した後の9日午後、疲れた身体で掲示板をチェックすれば、湯来がいきなり満開になったとの知らせが入っていた。一昨日まで全く咲いていなかったのにいきなり満開??。少し我が目を疑ったが、リンクで紹介してくれた写真には確かに満開の湯来の枝垂れ桜が写っていた。ここ2〜3日初夏のような陽気が続いたのが一気開花の原因のようだ。『明日の全ての予定は変更だ。早朝から湯来に行く!』、そう自分に言い聞かせて、寝不足の眼をこすりながら、夕刻に4x5フィルムをホルダーに装填し、35mmと4x5の機材一式をカメラバッグに収める。あの貴婦人は2:3フォーマットよりも出来るだけスクェアフォーマットに近い方が構図をまとめやすいので、120用ロールフィルムホルダーは6x9ではなく6x7を選んだ。
4月10日日曜日、午前3時半、目覚ましが鳴る。2日連続の4時前起きは辛いが、4時にはクルマに乗り、湯来を目指す。桜の脇の湯ノ山温泉・駐車場には4時40分頃に到着したが、そこには既に先客がいた。まだ暗い中を機材と懐中電灯を持って撮影ポイントに行くと、畑の東寄りの撮影ポイントには先程の先客の方が既に機材をセットしていた。その脇で撮るか、あるいはまだ誰も来ていない畑の西寄りのポイントで撮るか考えて、その日は西寄りのポイントを選択した。それにしても眠い...。月の無い夜明け前は真っ暗で機材をセットしても構図すら作れない。それで暫くはスリック・ザ・プロフェッショナルにもたれかかり、立ったままで休憩する。大人が寄りかかる程度の荷重を支えられる超大型三脚はこんな時に便利ではある(笑)。
やがて薄明が始まり35mm機材をセットし、構図を作るが、風が強い。夜明けに撮影する一つの理由は、ある程度絞り込んだスローシャッターでも緻密な描写をもたらす無風状態を期待しての事だが(広島では朝凪の時間帯なのだ)、天気が下り坂に向かっているこの日は台風の様な風が轟々と音を立てて吹き、枝垂れ桜は風の中で暴れるように舞っていた。
「これでは思うような写真を撮れないよなぁ...」
風の止む間を待って時折シャッターを切ってはみるが、風が収まる瞬間は滅多に無く時間が無作為に過ぎて行く。それでは、とスローシャッターで風に舞う枝垂れ桜を取り敢えず撮影しておく。
E100VSが印象的な発色をもたらす夜明けの時刻も過ぎたが、風は収まる気配が無く、一旦クルマまで戻り朝食を採る。その後3時間ほど駐車場で待機するが、風は益々強くなってきたので、その日は引き上げることにした。この日、大判機材はカメラバッグから出ることは無かった。
月曜日からまた仕事で多忙な一週間が始まった。しかし次の週末では貴婦人とのデートは手遅れであろう。私は仕事のスケジュールを見ながら、いつなら休めるか検討した。様々な会議日程を変更し、木曜日に何とか休みを取れるように会社の人達の協力を仰いだ。実は数年前の3月下旬、大勢の社員を前にPowerPointでプレゼンテーションをする機会があり、その最後に湯来の枝垂れ桜の写真を見せて「今週末は私は湯来に行きます」と宣言した事がある。だから私がカメラマンで桜の季節に湯来に行くことは社内に広く知れ渡っており、周りの人達は呆れつつも今回の私の我が侭に協力してくれた(^o^;
4月14日木曜日、例によって3時半に目覚ましが鳴る。そしてその一時間後には湯ノ山温泉の駐車場にいた。天気は晴れ、風は無い。気温は2度と冷え込んでいるが、寒いことを除けば撮影には好条件である。まだ誰もいない畑の脇を歩き、今回は東寄りの撮影ポイントに機材をセットする。日曜日の撮影結果を見て、西寄りの撮影ポイントではどうしても桜の左脇にあるお好み焼き屋の屋根が入る事を再確認したからだ。まずはEOS3にEF70-200/2.8Lをセットするが、暗くてピントが合わせられない。それで桜の奥にある街灯代わりの灯篭の光を目安にピントを合わせ、均質な周辺光量とシャープなピントを得る為にF5.6を選択して薄明を待つ。東の空が僅かに明るくなった頃、露出計は補正無しでシャッタースピード30秒を示したので撮影を開始する。薄明が始まると時間と共に明るさがどんどん変わるために、シャッタースピードを余り長くすると露出で失敗する。以前薄明の頃に測光値に従って5分間の露出をかけたら、露光開始時と終了時で周辺の明るさは3EVぐらい変わり、真っ白なポジを作った経験がある(^^;。今回も30秒の露出の間に周辺の明るさは1/3EVぐらい変動した。シャッターを押す前のF5.6、30秒というファインダー表示値が、露光終了後にはF5.6、25秒になっているという具合である。だからせめて30秒のシャッターが切れるようになるまで撮影を待つことと、アンダー気味の露出を心がけることが薄明時の撮影のコツである。
今年の第一目的である大判撮影で使うレンズはフジノンT300mm
F8である。4x5での水平画角で35mmカメラの90mm相当、垂直画角(縦位置撮影時の水平画角)で77mm相当と、35mmでこのポジションから撮影している焦点距離(80-100mm)に最も近い故の選択である。大判フィルムの平面性、位置精度は35mmカメラほどには良くないので、シャープなピントを得る為には焦点深度で精度を補う。だからせめてF16ぐらいまで絞り込んで撮りたい。という訳で大判カメラ(トヨフィールド45A)を取り出したのは、EOS3とEF70-200/2.8Lによる撮影で、F5.6でのシャッタースピードが一桁秒(F16時換算で30秒以下)になってからである。まだ薄明の時間帯で、開放値F8のレンズ、しかも大判カメラのピントグラスでの構図作りは暗くて苦労するが、ルーペを通してピントグラスを拡大すると、ピントの山はEOS3+1N用レーザーマットよりもむしろ分かりやすく、簡単にピントが決められる。それで構図を決めて早速撮影に入る。
私の大判撮影方法は同じ構図、露出で二枚撮り、一枚だけを現像してその結果をチェックし、露出の過不足があれば二枚目を増減感現像して最終化するやり方である(一枚目で露出OKなら二枚目のフィルムは現像することなく捨てる)。増減感とは言ってもこれまでの経験ではポジの減感現像は余り良い結果にならない。感度が指示値まで下がりきらない傾向が有るのに加えて、コントラストが落ちて眠い画像になってしまう。だから私は二枚とも0.5〜0.7段ぐらいアンダー目の露出で撮影して、万一露出を外した場合に出来るだけ増感現像で対処出来るよう心がけている。所で今は薄明から夜明けに向かう時間帯。僅か数秒という露出でも、フィルムホルダーの交換やシャッターチャージなどをしていると数十秒〜数分が経ってしまう。念のために二枚目を撮影する時に露出をEOS3で再チェックすると、案の定1/3段ぐらい明るくなっている。だから二枚目は気持ちシャッター速度を速くして同一露出を心がける。「T」で数秒のシャッターを切るので、ここらへんは時計を見る目と指先の感覚次第である。大判(4x5)で2カット4枚を撮影した後、今度はレンズをフジノンW150mmF5.6に付け替えて、中判(6x7)撮影もしておいた。こちらはフィルム1本同一現像しか出来ないので、段階露出で適正露出を抑えにかかる。一通りのフォーマットで撮影し終えた頃、時刻は日の出の5時半を過ぎE100VSが藍色に染まる時間が終わった。その後はポジションを畑の中のレンギョウの前に移して日の出直後の逆光の風景を撮影し、念のために桜の根元に行って「いつもの枝」も撮影して帰途についた。
この日は平日だったので、湯来から直接広島市内のプロラボに赴き、現像を依頼した。昼食やウィンドショッピングなどで過ごした二時間後には、35mm2本、120が1本、4x5が5枚の現像が出来上がった。プロラボにはライトボックスなども用意されており、その場で全てのコマをチェックし、結果に一喜一憂(笑)。撮影後、自宅に帰る前に最上級の原板が手に入りチェックも終えることが出来る。このスピード感はデジタルにも大きく見劣りはしないだろう。私の愛用しているプロラボが土日も営業していると良いのだが...(普段は会社の近くの写真店からこのプロラボに取り次いでもらっているので、受け取りには一日かかる。)
では、今年の写真の反省会を行いましょう(^^;
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初日の夜明けの嵐に舞う枝垂れ桜。主役の被写体がブレると、ブレていない部分に目が行ってしまい、左端の屋根が必要以上に目立ってしまいます。また枝や背景の山などブレていない所が構図の土台となるので、この部分のバランスが大切になりますね。その点でこの作品は全く駄目で、失敗作品と言えましょう。
EOS3, EF70-200mm F2.8L USM (180mm), F5.6, AE(0.0EV,
4sec.), E100VS
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嵐の中の枝垂れ桜なら、この様に枝でまずバランスの良い構図を作り、そこにブレた枝垂れを配置するのが良いみたいです。
実はこの写真、上の写真のトリミングです。将来の構図造りの参考とする為にパソコン上で色々と検討してみました。私は自分自身ににポジ作品のトリミングを許していませんので(原板が最終作品だと思っているので)、ブレ作品は次回の嵐時の課題としましょう。湯来は撮影ポジションが限られるので、この絵柄を撮るには500mmが必要です(^^;
※トリミングは認めていないけど、この絵柄、結構いいなぁ..(独り言)(^^;
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4月14日木曜日に休みを取って撮影に行った際の、最初のカット。夜明け前にはうっすらと霧が上空に立ちこめて、それが30秒という長時間シャッターで浮かび上がって私のお気に入り写真が出来上がりました。残念ながらもう少し明るくなってから始めた4x5撮影時には、この霧は既にありませんでした。
EOS3, EF70-200mm F2.8L USM (90mm), F5.6, AE(0.0EV,
30sec.), E100VS
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4x5で撮影したカットです。スキャニングではなくライトボックスの上に置いたポジをデジカメで撮影していますし、高々横幅750ピクセルのJPEG画像ですから、ウェブ上では原板の美しさ、階調の見事さの1/10も再現されていません。フィルム上にはこの画像では潰れている手前の草叢にも豊かなディティールと色合いが記録されていますし、一見シルエットになっている木の幹の木肌や表面に生える苔の風合いが分り、桜の花の一輪一輪の表情が伺えるぐらいの階調と解像度があります。比較のために35mmポジも並べて撮影しました。
トヨフィールド45A、フジノンT300mm F8, F16,
6sec. E100VS
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