<<< 撮影記です >>>
2006年5月2日午前3時半、目覚ましが鳴る。う〜、まだ寝足りないが、撮影の為なら仕方ない。眠い目をこすり、ぼやけた頭を叩きながら布団から起き上がり、身支度を整える。今日の目的地は広島県山県郡北広島町、と言うよりも広島県民には芸北町と言った方がなじみが深い。平成の大合併で味わいのある「芸北町」という名が消滅し、無味乾燥な「北広島町」になってしまったのは誠に残念だ。その旧・芸北町長沢(ながぞう)に樹齢420年を誇る枝垂れ桜の古木があり、1日に満開になったらしい。庄原市東城町にある千鳥別尺の山桜も同じく満開になったらしいが、あちらは一昨年訪問して撮影しており、今年は未知の桜に挑戦することにしたのだ。
前日の5月1日は気温が各地で30度を越えて、5月初旬としては記録的な暑さとの事でニュースになっていた。日中を走る私の車の外気温計も34度をさし、エアコンが盛大に働いて夏の風情の一日であった。その翌日は多少気温が下がるもののやはり暖かいとのこと。5月2日の北広島町の天候は曇りのち晴れ。早朝の最低気温14度との予報だった。14度も気温があれば防寒具は不要であるが、頻繁に訪問する旧・芸北町八幡の年間平均気温は北海道と一緒なので一抹の不安が横切る。実際毎年ゴールデンウィークに新緑撮影に出掛けているが、八幡の早朝はこの季節でも氷点近くまで下がり、撮影には少なくともダウンジャケットを着ないと凍えてしまう。それで念の為に防寒具に使っているスキーウェアを持って行く事にした。
4時少し前にクルマを走らせる。空は薄曇りで、雲の切れ間から星も少しだけ見える。天気予報通りだ。しかしクルマを北に向けて走らせたら、空が光った。「えっ??、今の光は何?雷?」「曇りのち晴れの天気予報なのだから、雷は無いよな〜」と気を取り直し、暫く走っていると、また空が光った。今度は明らかに雷という光り方だった。それも数回連続。「おい、やっぱ雷かよ。天気は大丈夫かあ?」と不安が募る。「今日は雨が降らないという前提なので、雨の日撮影道具を持ってきていないし、靴も防水じゃない。」そんな不安を抱きながら走っていると、安野付近で大粒の烈しい雨が降ってきてしまった。路面は一気に濡れて轍の水たまりが深くなり、KENのペースで走っていると簡単にハイドロプレーニングを起こしてしまう(^^;。
「やばいなぁ。今日行く場所は初めての山の中だし、雨の日撮影道具も持ってきていない。雨具といえばクルマのトランクに入れっぱなしの古い傘一本だけだよ。雨なんて想定外だぞ〜!!。」「今日はこれじゃ撮影にならないかなぁ。まあ、現状視察だけして、明日以降の撮影に備えようか。」と半ばあきらめムードになって、クルマの速度も気分もどんどん低下してしまった。
長沢への最短距離は、加計で国道191号から国道186号に「直進」し、温井ダムを抜けるのだが、食料調達と朝の体調整備(つまりトイレ)の為に191号に沿って「右折」し、戸河内IC前のコンビニ&道の駅に寄ってから長沢を目指す。かなりの遠回りをしたのと、酷い雨でクルマの速度が上がらず、長沢に着いたのは5時半ごろ。日の出の時刻を過ぎ、辺りは既に明るくなっていた。桜に通じる道は地図にも載っていない細いものだが、入り口には案内板があって迷う事は無かった。桜見学の駐車場入り口の標識があるところに来ると、そこにクルマが一台停まっていて二名ほどのカメラマンがカメラを構えていた。私はその脇を通り過ぎて、駐車場に向かって細い道を谷下に下りて行く。すると小柄な桜が私を迎えた。
駐車場の地面は土で、雨で泥濘になっていた。そこにクルマを停めて、傘をさして桜の回りを歩き回る。桜の直ぐ側まで近づく事が出来るが、見上げる形になり桜の背景が空に抜けてしまう。雨の日の今日はそれでは多分良い絵にならないと思ったので、桜の背景が背後の山になる場所を探してみた。結論は今下りてきた道をまた昇り、駐車場入り口分れの林道からのポジションだった。そこには先客のカメラマンが既に三脚を立てていた。
私は一旦クルマに戻り、クルマで林道まで上り、そこにクルマを停めた。雨の日なので機材だけを持ち歩くことは出来ず、フィルム交換、レンズ交換などで屋根のある基地が必要なのだ。幸い今日のカメラマンは先客二名と私の合計三名だけのようで、林道脇にクルマを停めても迷惑にはならなかった。
眼下にたたずむ桜を見ると、雨の早朝の柔らかな光の中で威厳をもって立っていた。樹齢420年の古木らしく、長年の風雪に耐え、腕を数本失いつつも生き永らえてきた誠に風情のある姿をしている。この姿を撮らずに帰る手は無いので、早朝の定番フィルムE100VSをEOS3に装填し、EF70-200/2.8Lを装着して、先客の脇に三脚を立てる。試しに構図を作ってみると、150〜200mm程度の焦点距離が必要であった。実はこの桜の情景が良ければ翌日また訪問して大判で撮影しようと思っていたので、200mmが必要だと分ってちょっとガッカリしたのだった。大判で持っているレンズの最長焦点距離は300mmだが、これは35mmカメラ換算で85mmほどに過ぎないからだ。
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林道の駐車場への分かれ道から望んだ長沢の枝垂れ桜。満開時期の夕刻にはライトアップされる。この写真は焦点距離70mmで撮影したもの。桜だけを撮るのであれば200mmぐらいの焦点距離が必要になる。
2006年は開花が一週間以上遅れたようで、例年の満開は4月下旬である。
(1)の部分が駐車場で、この写真の左下方向に拡がっている。路面は土である。
(2)の部分にも道があり、これは県道から脇道に入ってすぐのY字路を右に行くとここに出る。ここからの撮影も可能で、桜の姿はこの写真の様な端正なものではなく、手を大きく拡げたようなワイルドな姿を見せる。
(3)から手前側ではブルドーザーが工事をしていた。恐らく桜見学用に整備されるのだろうと思われる。
長沢の枝垂れ桜の場所はこちら(Yahoo地図)。 |
このポジションからの桜はまとまりのある構図を与えてくれるが、バリエーションは多くない。縦位置で撮るか、横位置で撮るか、周りの空間を切り詰めるか、少し開けるかの合計4通りぐらいのものだ(笑)。フィルム半分も撮ればお仕舞いかなと思いつつ、傘を肩と首の間に挟みながら撮影を始める。撮影しながら先客のカメラマンと会話を交わすと、地元の人から聞いた話では一昨日の朝には背後に霧が出て、そこに朝日が射して10年に一度有るか無いかの絶好の背景だったそうだ。それで先客カメラマンの方は霧の出現を待っているとのこと。しかし雨が降り頻る中で霧の気配は無かった。私の方は初めての桜なので、撮りあえず4通りの構図を作って撮影するが、明け方だと言うのに風があって枝を揺らすので、風が時折止むのをまってシャッターを切るため思いの外時間が掛かった。4通りの構図の撮影終了後、もう少し違う構図も撮ってみようかと駐車場への道を下りて撮影しても見るが、大した変化は生まれない。それでまた元の場所に戻り、撮影を終えようかと思った頃に、先客のカメラマンが興奮気味の声を挙げ、想定外の異変に気付いた。
突然霧が襲ってきたのだ。まさに「襲ってきた」という言葉が相応しい大きな濃霧の塊が流れてきて、みるみる桜とその背景を覆って行く。その情景はこの世のものとは思えないほど幽玄なものになった。私も慌ててカメラをセットし直し、2〜3カット撮影したら、何とフィルムが終わってしまった。それでカメラ片手に急いでクルマに戻り、次のフィルムを装填して元の場所に戻る。幸いまだ霧はあり、構図を作っては連写する(とは言ってもミラーアップを使ったスローシャッターなので、スローテンポではあるが)。夢中になって撮影していると、そのフィルムもあっという間に終わりになり、またクルマに走って戻り、フィルムを装填し直す。三本目のフィルムを撮り始めて暫くした頃に、霧は無くなった。
想定外の雨、想定外の霧の中で撮影したカメラマン三人の顔は明るかった。「いや〜、10年に一度どころじゃなくて、100年に一度の霧でしたな〜」と先客カメラマンの一人は喜びの声を挙げたが、そのカメラマンも100年通っている筈はないので、本当に珍しい現象なのかどうかは分らない。しかし初めてここを訪問した私がこの情景に巡り逢えたのはラッキーだったに違いない。
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突然の霧が襲ってきた情景を、連続写真風につなげてみました。
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霧が最も濃くなった状況での写真。肉眼で見る情景もまことに幽玄で幻想的でした。
EOS3, EF70-200mm F2.8L USM (120mm), F4, AE(+1.0EV, 1/40 sec.), RVPF
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長沢での撮影終了後、芸北にあるもう一つの桜、石橋正光屋敷跡の枝垂れ桜にも行ってみた。しかしその桜は畑の山際にあり、道は細く、クルマを停める適切な場所が無かった。それにあまり絵になる被写体でも無く、数分で退散した。次は、折角芸北まで来たのだから、と通い慣れた八幡高原に足を伸ばす事にした。そして八幡に向かって暫く走り出すと、今まで出会った事も無いほど深い霧に包まれてしまった。クルマのフロントウィンドウから見る一寸先は真白、という状態で、ヘッドライトをつけてゆっくりと走るが、対抗車がヘッドライトをつけていたとしても20mぐらいまで近づかないと見えないほどの濃霧で、対抗車が来るたびにドキッとする。この濃霧の中でヘッドライトもつけずに走るお年寄りの乗った軽自動車も少なからずおり、目の前数メートル先で突然クルマの姿が現れてビックリし「おい、ライト付けないとあぶないぞ〜!」と思わず相手に向かって心で叫ぶ。八幡に入る手前にあるトンネルの中も濃霧で、トンネルの壁が見えず走るのに気を遣う。今日は晴れると信じて撮影に来ているのに、本当に予想外、想定外の霧と雨である。
八幡高原に着いてから暫くクルマでウロウロしてみるが、見渡せても精々30mぐらいの視界なので遠景は望めず、近景だけで絵になる場所でないと撮影になりそうになかった。それでいつもの白樺林に行った。雨はまだ降っており、クルマの中でカメラに広角レンズを付けて、傘を片手に撮影に向かうおうとしたが、「寒い!」。長沢では薄手のジャンパーで少し汗ばむぐらいだったが、八幡は同じ北広島町、旧芸北町でも掛頭山/臥龍山を隔てた高地にあり寒さは別格のようだ。それで念の為に持ってきていたスキーウェアを着て撮影に掛かる。
白樺林の拡がり感を表現するには超広角や魚眼レンズが適しているが、遠近感が強調される為に濃い霧の存在感が希薄になる。霧を写すならむしろ標準〜望遠の方が適しているが、絵に迫力が生まれにくい.....などとファインダーを見ながら心でつぶやき、「そういう時は両方撮っておこう(笑)」と安易な結論に至って、レンズを付け替えながら様々な構図で撮影した。防水ではない靴は既にビッショリと濡れて、水が染みた冷たさが足に伝わるが、ここまで来たら引き下がるわけには行かない。白樺撮影後には周囲の赤松林が霧に煙る情景なども撮影したが、やがて霧が晴れてきてしまった。霧の情景に慣れた目には、霧の晴れた情景は印象に欠けるので、霧を求めて撮影場所を変える事にした。
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レンズの焦点距離による霧の写り方の違い。左は20mm、右は80mmで撮影。
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次に向かったのは臥龍山である。事前の情報によればこの冬の記録的な大雪の為にブナの木が折れて林道を塞いだとのこと。しかし前日のテレビで林道終点にある雪霊水(湧き水で名水に数えられている)の情景が映されていたので、倒木は撤去されているのだろう....という期待の下、クルマで昇って行く。暫くするとまた濃い霧に包まれて、林道周辺の情景が真白に消えて行った。途中、倒木があったが、林道の幅で切除されており、クルマは無事通る事が出来た。雪霊水付近まで行くと、林道周辺には雪がまだ残っており、同じ広島でも別世界の様子を呈していた。
カメラを持ってクルマの外に出るが、気温は更に下がっていて、手袋が欲しいぐらいの感覚である。霧は極めて濃く、ブナの木を見上げるとてっぺんが見えない。それだけではなくタップリと雨水をしたためたブナの枝から雫が一斉攻撃を仕掛けてきて、見上げた私の顔や目にあたる。そんな情景を広角レンズや魚眼レンズを付けて撮影した。普段は傘をさしていても、構図造りと撮影の間に傘をさすと広角レンズの画角に入ってしまうので、傘なしで撮影する。雨や雫でレンズが濡れないか心配ではあるが、仕方ない(ちゃんと濡れたので、すかさずティッシュで拭きました)。
ブナの大木は何度撮影しても魅力的であり、また難しい。この肉眼で見えている迫力や荘厳さをどう写せばフィルム上に表現出来るのか??そんな事を考えつつ、ブナの木の懐に入って上を見上げて撮影していると、突然に陽が射してきた。そして今までしっとりとした風情だった、濡れたブナの木の表面が、太陽光にキラキラと輝きだした。画面内には太陽、広い空、キラキラと輝くブナの木の表面の質感、露出差があり過ぎる被写体なのでAEでは無理、と判断し、スポット測光とマニュアルモードに切り替えて、ブナの木の主要部分をスポット測光して露出を決め込み撮影する。案の定、評価測光AEが弾き出す露出値に対してプラス3EVのスケールを降り切る露出値となったが、これが正解なのだという自信はある。朝日に輝くブナの木を3カット撮影した所で、この日4本目のフィルムが終了し、ふと景色を見渡すと、臥龍山山頂付近のこの場所も霧が晴れて、天気予報どおりの晴天になっていた。本来はこれからが想定内の環境だが、想定外の霧の情景を見た目には平凡であり、またたっぷり撮影したと言う充実感もあったので、この日の撮影を終了した。
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霧の中にたたずむブナの大木。てっぺんの方は霧に煙り見えない。
スポット測光でブナの表面を測光し、マニュアルモードで撮影。
EOS3, Sigma AF15mm F2.8EX, F8, 1/30秒, RVP
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5月2日はカレンダー上の平日なので、帰宅する前に舟入にあるプロラボに寄った。ここで現像依頼すれば2〜3時間で仕上がり、夕刻にはその日のポジを見る事が出来るからだ。そこでもう一つの想定外の出来事があった。
普段は勤務先とプロラボの休日が一致しているため、会社近くの写真店経由で現像を依頼している。私がプロラボ店頭に行けるのは勤務先がカレンダー上の平日に休みになる長期連休期間(ゴールデンウィーク、お盆、年末年始)のみである。精々年に4〜5回であろうか。そんな来店頻度の低いお客であるが、若い受付嬢に名前を覚えられて、非常に丁寧なお礼を言われたのだ。実はこのプロラボのサイトの掲示板がスパムに荒らされていたので、数日前に対策CGIの在り処を掲示板にお知らせしたのでした。ハンドル名のKENで書いたのだが、身分証明代わりにサイトのURLを記載しておいたら、プロフィールの写真から身元がばれたという顛末(笑)。プロラボの受付と言えば、プロフェッショナルで怖そうなおじさんが出てくるのが相場だが(笑)、若い気さくな女性が、こちらの似非プロフェッショナルな難しい注文にもキチンと応対してくれるだけでポイントは相当に高い。その彼女が最上級の笑顔で挨拶してくれたとなれば、オヤジはとても嬉しいのである(自爆)。
今日は良い日だった(^o^)/
続く
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