トミヤマ・アートパノラマ170 ホルダー
KENのつぶやき vol. 344
(2011.6.12)
Tomiyama Art Panorama 170 Holderは、かつて富山製作所が発売していた、4x5国際標準規格枠(グラフロックバック)を持つカメラに装着して617撮影する為のフィルムホルダーです。既に製造中止品ですが、現在全く同じものが中国のメーカーから出ていて、Shen Hao SH617として海外で販売されています。国内ではでワイドトレード社からトキスターTS-716-SHとして販売されていますが、商品はShen Hao SH617そのもので、背面刻印も全く変わっておらず、中国製をそのまま販売してるようです。
この機材、現在販売中のメーカーはウェブカタログ上で使用方法、使用上の制限をまともに説明していません。また現在では貴重な富山製作所のカタログも記載に誤りがあり、このつぶやきで使用方法を解説しようと思います。これから購入される方の参考の為と言うよりも、相当な覚悟が無ければ間違って買われないように、という忠告です。
富山製作所のカタログです。カタログ記載内容は実際の性能とは異なっていますので、その訂正も含めて、カタログと実際の数値を並べてまとめてみました。
項目 | カタログ値 | 実際値 |
画面サイズ | 60x170mm | 56x172mm |
必要イメージサークル | 4x5相当 | 181mm(5x7相当) |
フィルム面後退量 | 43mm | 42.35mm |
使用可能レンズ | 120-180mm | 110-150mm |
富山製作所はカメラタイプのアートパノラマ170でも画面サイズを60x170mmという公称値を使っていて、縦横比1:2.83と思われがちですが、実際には56x172mmで、縦横比は1:3.07になります。リンホフやフジの617カメラの画面サイズは56x168mmで縦横比は1:3なので、僅かではありますがトミヤマのカメラは横長の写真を撮ることが出来ます。
このホルダーと4x5カメラを使えば、様々なレンズでアオリを駆使した写真が撮れると期待しますが、残念ながら使えるレンズは極めて限られて、SWタイプの110〜150mm、及び周辺画質に多少の妥協を前提にW135、W150mmぐらいしか使えません。
短焦点側の制約はフランジバックが42.35mm延長される為で、一般的な65mmまで対応したカメラだと最短が110mmになります。Fujinon SW105mm F8は理論上使用不能ですが、公称焦点距離に対してフランジバックが長い(116.2mm)ので、恐らく使えると思います。但し実際には各カメラの最短フランジバック次第ですので、ご自身で確認して下さい。カタログには一部のカメラで90mmも使えるとありますが、Super Angulon 47mm F5.6 XLに対応した超広角専用カメラに限られます。長焦点側の制約については後で詳細を説明しますが、ケラレが発生するので150mmが上限値になります。
フィルムホルダー
フィルムホルダーをトヨフィールド45Aに付けた姿です。アートパノラマのグラフロック部のフランジがやや厚めに出来てるようで、ロックが嵌りにくいです。私は二つ持っているトヨ製バックのうち、レボルビングバックの方ではどうしても取り付けできず、諦めて挿し替え式のバックに戻しました。どうしても嵌らない時は、フランジはプラスチック製なのでヤスリで磨けばどうにかなるようではありますが、、
フィルムホルダー内部ですが、構造はシンプルです。向かって右側にフィルムを入れて、左側に向かって直線的に巻き上げてゆきます。巻き上げは単純なノブ式です。送り出し側のノブは回転せず、フィルムにテンションを掛けて平面性を改善させる事は出来ません。
これだけの大画面で、かつ平面性に難のある裏紙付き120フィルム専用なので、長時間露出だと露光中にフィルム面が動いてしまうことがあり、部分ボケ写真、二重像写真が出来上がったこともありました。
標準で612撮影用のフィルムマスクが付属していますが、私の入手した物は紛失してありませんでした。
グラフロックバック側の姿です。フィルムカウントは赤窓方式で、6x6用の数字を用いて3,6,9,12のカウントで4枚撮影します。ご覧の様にグラフロック部の開口部は617よりも狭いので、焦点距離の長いレンズだと周辺がケラレます。この写真でもフィルム側の画面両端が見えていませんよね。もう一つ上の写真とこの写真は全く同じ縮尺で撮影していますので、開口部/画面サイズの大きさ比較が出来ます。
遮光板が付いているので、フィルム途中でのレンズ交換、構図変更が出来ます。
ピント枠
フィルム面が42.35mm後退するために、カメラ標準のピントグラスではピント合わせが出来ませんので、専用ピント枠が付属しています。逆に言えばこれがないとピント合わせが出来ません(ピント枠欠品のまま知らずに中古販売しているカメラショップもあるので要注意です)。
このピント枠には伸縮式の蛇腹フードが付いています。無いよりマシですが、横長のピントグラス周辺部はもともと映像が暗いので、やはり冠布かそれに代わる物が必要です。
使えるレンズは?
使用可能なレンズとその絞り値、最短撮影距離などを把握するために、フィルムホルダー各部を測定し、図面上で制約条件を検証してみました。下の図面はクリックで大きな画像になります。
4x5フィルム(97x120mm)撮影を基本に置いた4x5国際規格であるグラフロックバックは、その取り付け構造から126mm以上の開口部を設けることが出来ません。そこでアートパノラマは42.35mmフィルム面を後退させて172mm幅の画面サイズを実現していますが、画面横幅、開口部横幅が作り上げる台形と、その延長線上に出来上がる三角形の内側にレンズが無いと、画面の一部に光が来ないことになります。図面で言えば、黄緑色に着色した領域内にレンズの瞳全体が入っていないと、画面周辺部がケラレます。180mm F5.6のレンズも書き入れてありますが、この場合青い線の範囲しか完全な結像をしませんので、画面両端がケラレる事が分かります。
図面検証では、レンズ焦点距離の理論限界値は175.7mmで、この時の瞳径は0なので、ピンホールレンズの様なレンズでないと使えません。より瞳径の大きな明るいレンズを使おうと思えば、レンズの位置はフィルム側に近づかねばならず、使える焦点距離が短くなります。実際のレンズでアオリ無しで無限遠撮影出来る限界は、150mm F6.3でした。W150mm F5.6だと開放撮影出来ないことになりますが、Wレンズ開放だとそれ以前にイメージサークルが足りませんので、実用上W150mmなら絞り値の問題はありません。
150mmでの問題はレンズのイメージサークルの大小に関わらず、幾何学的にレンズを上下左右に動かすアオリの余裕がほとんどゼロである事と、最短撮影距離面での余裕も無いので、チルトアオリなどでピント面を近傍から無限遠まで合わせようとすると、近傍側の周辺でケラレと周辺減光が発生することです。だから150mmレンズではアオリを忘れて撮影しなければなりません。
135mmレンズだとアオリの面では余裕が出てきますが、Wタイプではイメージサークルは更に厳しくなりますので、周辺画質面で辛い物があります(カタログ上は617のイメージサークルをカバーしていたとしても、現実の解像度面で厳しさが残ります)。殆どあおらずに、F22以上で撮影すれば何とかなるというレベルでしょう。
結局のところ、このホルダーで美味しいレンズと言えば、焦点距離が105〜135mmの間にあり、イメージサークルが広大なSWタイプの物で、Nikkor SW120mm F8s, Fujinon SW125mm F8, Fujinon SW105mm F8, Super Symmar XL 110mm F5.6, SuperAngulon 120/121mm F8ぐらいに限定されると思います。
長焦点側のケラレの実態
三種類のレンズで撮影してみました。図面上問題の無いNikkor W135mm F5.6sではアートパノラマのフル画面に渡り映像が得られました。但しF22でも画質面では最周辺部に多少の厳しさが残ります。カタログ上使えることになっていたNikkor W180mm F5.6では画面両端各4.5mm(合計9mm)がケラレました。レンズ焦点距離が長いものの後方射出点の短いテレタイプのFujinon T300mm F8では14mmケラレた158mm幅の映像が得られました。
画面両端のケラレを大きな問題として扱いましたが、これを許容すれば長焦点側のレンズの制約は無く、有利になるイメージサークル、周辺光量と併せて良像範囲では却って良好な映像が得られます。617という数字に拘らず「616撮影をするのだ!」というぐらいの大らかな気持ちで接すると、このホルダーの有用性が一気に高まるでしょう。
617撮影を楽しむには
結局の所、4x5国際標準規格枠に取り付けて使う617フィルムホルダーは、物理的寸法制約から実用レンズが120mm付近の超広角タイプに限られる機材です。今回紹介したTomiyama / Shen Haoのホルダー以外にも同様の製品がありますが、寸法制約はどれも同じなので、使いにくさは同じでしょう。
レンズ交換もアオリも忘れて撮影するなら、Fuji G617 Professional(Fujinon SW105mm F8固定)やTomiyama Art Panorama 170(カメラタイプ〜実態として各社90mm SWレンズ専用として販売)でも良いですが、元々大判撮影する人はレンズ交換やアオリが暗黙の前提の筈。となると選択肢は二つになります。
一つはFuji GX617 Professional, Linhof Technorama 617S III, Horseman SW617 Professionalの様なレンズ交換式617カメラ。レンズは専用コーンに取り付けたタイプの物に限られますが複数用意されていて、Fuji以外ではライズ/フォールのアオリも可能です。欠点は極めて高価な事で、リンホフやホースマンだと高級車並の予算が必要です。
もう一つは5x7カメラに617フィルムホルダーを装着すること。5x7(120x170mm)バックは617の横幅をカバーしますので、丁度4x5カメラで612フィルムホルダーを使うのと同じで、カメラに対して全く制約が発生しません。5x7カメラは日本では手に入りにくいですが、それでもあればさほど高い物ではありませんし、レンズも5x7のイメージサークルをカバーすれば通常の大判レンズが使えます。レデューシングバックを使えば4x5撮影と、4x5国際規格の準じたロールフィルムホルダー類も使うことが出来ます。
5x7バック用の617ロールフィルムホルダーは現在Canhamから販売されていています。
類似の方法として前述のトキスター/Shen Haoから617専用の蛇腹ウッドカメラが販売されていて、レンズ使用上の制約は蛇腹長とイメージサークル以外にありませんが、折り畳みが出来ず嵩張る事、中国製で品質面、剛性面に色々と問題があること(オーナーの方から直接伺っています)、617以外の撮影に用いることが出来ない、さほど安価ではないことから余りお勧めしません。
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