トミヤマ・アートパノラマ170
KENのつぶやき vol. 345
(2011.6.25)
Tomiyama Art Panorama 170は富山製作所が1980年に発売した617カメラで、既に製造中止品です。617カメラは中古になってもどれも高価ですが、その中で最も安価に入手出来るカメラです。中古相場相応に、遙かに高価な富士やリンホフの製品と比較すると「それなり」の部分もありますし、もはやメーカー修理も出来ないと思いますが、617の最も身近な入り口でもあります。このカメラを子細に紹介したサイトは外国にも無いようですから、このつぶやきでアートパノラマ170の世界の片鱗を味わって下さい。
富山製作所のカタログです。このカタログには姉妹機のArt Panorama 240, Art Panorama 120の記載もありますが、掲載は割愛します。
120フィルムを使い、617で4枚の撮影が出来ます。612用のマスクが標準で付属し、それを用いると6枚の撮影が可能ですが、私が入手したカメラはマスクを紛失しありませんでした。画面サイズはカタログ上60x170mmになっていますが、実際には56x172mmで、35mmフィルムの11.1倍, 645の4.1倍の面積、縦横比1:3.07のダイナミックなパノラマ写真を撮影出来ます。必要イメージサークルは181mmで、4x5(152mm)では足りず5x7(208mm)をカバーするレンズが基本になります。
販売の基本は本体のみで、手持ちの超広角タイプ90mmレンズを持ち込み、専用レンズボードを作成し、フランジバック調整をしてもらう形のカメラだったようです。一応カタログ上では75〜120mmレンズが使用可能とありますが、推奨レンズが全て90mm超広角タイプ(Fujinon SW, Nikkor SW, Super Angulonなど)であり、実際の中古物件でも90mm以外のレンズが装着されたものを見たことがありません。また私のカメラのNikkor SW90mm F8sを外したところ、フランジバック微調整用のシムが挿入されていました。
カタログ以上に貴重な、富山製作所純正の取扱説明書です。手書きの紙をコピーした物で、町工場の手作り作品という雰囲気が漂ってきます。基本的な操作方法が簡単なカメラなので、難しいことは何も書いてありません。
基本構造
富士GX617やリンホフ・テクノラマ 617S IIIなどはヘリコイドによるピント調節ですが、アートパノラマは蛇腹を持つカメラで、正面左下のノブで繰り出してピント調節をします。ピントノブは3回転して、最大30mm繰り出されますが、ピント目盛りは最初の一回転分、1.5mまで刻まれています。従って1.5mまでは目測式のピント調節が可能ですが、それ以下となるとピントグラスによるピント合わせが必要です。ピントノブを一番縮めた状態で無限遠が出るように、レンズ毎に専用のレンズボードが作られています。
光学ファインダーは90mm用に作られています。視野率は85〜90%程度で、見える範囲よりもかなり広い範囲が写りますので、もしこの種のカメラを入手されたら、ピントグラスを使って実際の画角とファインダーの画角を事前に確認した方が良いです。
ファインダーの前には水準器があり、ファインダーを覗きながら水平確認が出来ます。私のファインダーには両面テープで透明フィルムを貼っていますが、これは本来無いものです。後で紹介しますがFujinon W125mm F5.6を使う場合に用いる、スピードファインダーになっています。
背面には特にめぼしい物はありません。赤窓式のフィルム送りになっていますが、赤窓を覗くためにはピントグラスを収納しているカバーを少し引き出す必要があります。
裏蓋を外した状態です。フィルムは右側に装填して、直線的に左に向かって巻き上げます。巻き上げはシンプルな回転ノブ式です。
裏蓋です。ステンレス製の金属板に抱えられるようにピントグラスが収納されています。このステンレス板は別に遮光板になるとかの機能は無く、単なるピントグラスの保護板です。
ピントグラスでピント合わせする際に、グラスは何処にも固定されません。ピント合わせ時は左手でルーペを持ち、右手でピントノブを調節しますので、ピントグラスを簡単に落としてしまいそうですが、これを割ったらアートパノラマ純正品は二度と手に入りませんから、慎重の上にも慎重な取り扱いをしています。私は2本のゴム紐を用意して、ピントグラスが落ちないようにしています。
フィルムを装填するとピントグラスを用いたピント合わせや構図確認は出来ませんので、この方法が必要な写真はフィルム1本撮り切る必要があります。
レンズ交換〜現実的には不可能ですが、、
構造的に、レンズ交換が可能になっています。交換方法は右下のレンズ交換ネジを緩めてから、レンズ固定プレートを右下にスライドさせると、専用レンズボードを外すことが出来ます。フィルムの遮光板はありませんので、フィルム装填後のレンズ交換はダークバックが無いと出来ません。
「構造的に」と冒頭に付け加えた理由は、現実的には追加の専用レンズボードが事実上入手不可能であり、これからアートパノラマ170を入手したいと思う人がおられてもレンズ交換は無理でしょう。どうしてもレンズ交換したい場合に一番簡単な方法は、アートパノラマ170と240の二台を購入することでしょうか。240(624カメラ)の方は一般的に120mm超広角タイプが付属しており、それを170側で使うことが出来ます(但しピントはピントグラスで毎回調整が必要です)。逆はカメラのフランジバックの違いから出来ません(無限遠が出ません)。しかしアートパノラマ240は170以上にレアなカメラで入手も困難ですから、そこまでしてレンズ交換に拘るなら、素直に富士GX617を買われる方が良いでしょう。
Wikipediaの「富山製作所」の項に、アートパノラマ170/240はリンホフボードでレンズ交換可能との記述がありますが、それはウソです。専用レンズボードの外形形状は確かにリンホフボードと同じ形をしていますが、丸い切り欠きが下部中央にあるのと、カメラ側がフラットにボードを受け入れる構造の為に、ボード裏側は完全にフラットです。一方のリンホフボードは丸い切り欠きは勿論ありませんし、裏側に円形突起が必ずありますので、これらが干渉して取り付けられません。(リンホフはカメラ側に丸い穴を開けて、ボード側にそれよりもやや小さな円形突起を設けることで光がボードから入り込むのを防いでいます)。また仮に取り付けられたとしても、フランジバック調整はボード側に任されているので、通常のボードでは使い物になりません。
私も興味があって、もし裏面がフラットなリンホフ凸ボードがあれば、丸い切り欠きを加工することでアートパノラマに使えるなと思ったのですが、残念ながら調べ得た全てのリンホフボードに円形突起があり断念しました。
専用レンズボードが入手不可能なのでレンズ交換も不可能、と申し上げましたが、私は6年前に奇跡的にこの専用レンズボードを入手していました。当時は全く謎の中古物件で、旧タイプのEBC Fujinon SWD90mm F5.6にリンホフ凸ボードと、トヨビュー凹みボードがセットになっていた売り物があり、凸ボード欲しさに購入し、残りは友人Mに格安で譲りました。この凸ボードは0番シャッター用ですが、本来フィールドカメラで凸ボードが必要になるレンズは全て1番シャッターかそれ以上なので、結果的に使い道のないボードでした。しかも超広角レンズに凸ボードが付いて売られていたというのも全く理解出来ず、、、
この謎の凸ボードが実はアートパノラマ用である事に気づいたのはつい最近の事です。リンホフボードをアートパノラマには装着出来ませんが、逆は出来ますので、アートパノラマのオーナーが90mmをトヨビューでも併用していたのでしょう。その状態で機材を手放されて、訳の分からぬ人がそのまま販売してしまった、、
その様な経緯で私は専用レンズボードをもう一つ持っていますので、現在はFujinon W125mm F5.6を付けて撮影に使っています。フランジバックはEBC Fujinon SWD90mm F5.6用なのでそのままでは無限遠が出ませんので、ピント調節ノブを繰り出し、無限遠が出るところにマーキングをしています。
上の写真の二つのレンズボードは共に90mmレンズ用ですが、EBC Fujinon SWD90mm F5.6 (ボード寸法から逆算すると100.7mm+α※)とNikkor SW90mm F8s (97.0mm)のフランジバックの違いを反映して、個々に突出量が調節されていることが分かります。
右がFujinon W125mm F5.6で無限遠撮影する状態です。フランジバックは120.0mmなので、19.3mm繰り出しています。
追加のレンズボードがひとつあれば色々なレンズが使えるかと言えば、そうではありません。無限遠の風景撮影に限るとしても、そのレンズのフランジバックが、元のレンズボードの設計フランジバックと、それにカメラ側の繰り出し量30mmを加えた範囲内にあることが必須条件です。私のレンズボードの場合は実測100.7mm(※)ですから、100.7mm〜130.7mm(※)の間にある必要があります。Nikkor W135mm F5.6s(133.8mm)はひょっとしたら!と思いましたが、フランジバックが長くピントが何処にも合いませんでした。Fujinon SW125mm F8 (138.5mm) , SuperAngulon 120mm F8 MC (133.1mm)も共に使えません。
加えて、レンズ取り付け部のカメラ側の開口部高さがフィルムとほぼ同じ58mmしかありませんので、後ろ玉の大きな超広角タイプの場合、レンズがボード後端からはみ出すと取り付けられません。私のレンズボードのボード高さは約46mmであり、Fujinon SW125mm F8 (56.2mm)や Fujinon SW105mm F8 (46.7mm)だとはみ出てしまいます。この様に専用レンズボードを設計レンズ以外で使うとなると、寸法制約が極めて大きな物になります。
(※寸法値に誤りがありましたので、2011.10.9に修正しました。)
繰り返しになりますが、レンズ交換に拘るなら、富士GX617か、5x7フィールドカメラにカンハム製5x7用617ロールフィルムホルダーの組み合わせをお勧めします。
実際の撮影〜周辺減光との戦い
Tomiyama Art Panorama 170, Nikkor SW90mm F8, F16, 1/30sec., Kenko Half ND8, RVP100
私は日の出撮影が好きで、アートパノラマで何度か挑戦していますが、未だまともな日の出写真を撮ることが出来ていません。それは前後対称型の超広角レンズがコサイン4乗則*で作り出す強烈な周辺減光の為です。この写真はセンターフィルター無しで撮影した写真です。
*一般的な一眼レフ用広角レンズはレトロフォーカスタイプを用いる為にコサイン四乗則が実用上問題になることはありません。一眼レフ用レンズで問題になる周辺減光は口径食によるもので、絞り込むと改善されます。
コサイン四乗則はミラーボックスを持たないカメラで使われる前後対称型の超広角レンズで問題になるもので、光束がフィルムに入射する角度とレンズ射出瞳からの距離の幾何学的な要素で決まるものなので、何処まで絞り込んでも改善しません。90mmレンズを617で用いた場合の理論コサイン四乗則は-2.0EVあります。
Tomiyama Art Panorama 170, Nikkor SW90mm F8, F16, 1/8sec. RVP100, Center Filter, Kenko Half ND4
こちらはマルミセンターNDフィルターを入手してから撮影した写真。一枚目と比較すれば周辺減光が緩和されていますが、そもそも日の出は自然が作り出す壮大な周辺減光(太陽から遠ざかると暗くなる)の情景なので、レンズの周辺減光が残っているとあまり上手く行かないようです。
Tomiyama Art Panorama 170, Nikkor SW90mm F8, F27, 1/2sec. RVP100, Center Filter, Kenko Half ND4
こちらは日の出の情景としては平凡な、少し霞んだ朝。太陽との明暗差が緩和された為か、周辺減光が余り目立たなくなっています。センターフィルターを使って日中順光の様な明るさが均一の情景を撮影すれば見事な写真を恵んでくれますが、日の出撮影は617超広角カメラにとって鬼門の様です。
一方のFujinon W125mm F5.6ですが、F22でのイメージサークルが198mmと、アートパノラマ170が要求する181mmに対して殆ど余裕が無く、周辺ではコマフレアも大きいので、日中でF22以上に絞り込んで撮影しても周辺部の画質は目に見えて悪化します。やはりWタイプのレンズでは苦しいですね。
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