霧の海の撮影に出かけたある日の事です。たまたま有給休暇が取れたので、平日(金曜日)に出掛けました。朝4時半に現地に着くとまだ誰もいません。半月が煌々と輝く中で私は月明かりで霧の海などを撮影していました。やがて日の出が近づき辺りが明るくなりましたが、それでも誰も来ません。やはり平日なので誰も来ないのかな?と思っていると、日の出直前になって突然クルマが3〜4台連ねてやってきました。中から多数の老年カメラマンと少数の中年カメラマンが降りてきて、総勢10名を少し上回る人達が私の周りの場所を埋め尽くしました。私は撮影をしながらその人達の会話を聞いていると「先生!」「先生!」という言葉が連発されています。どうやら何かの写真教室の撮影会の様です。先生とおぼしきカメラマン(何故か小林義明プロの様に、丸顔で、メガネをかけて、口ひげを生やされていました)はせわしなく連発される質問に答え、また撮影のアドバイスを飛ばしていました。
プロとおぼしき先生のアドバイスは、端的で理に適い、参考になります。脇で聞いている私も「ふむふむ、なるほど」と思いながらそのアドバイス通りに狙いを定めて構図を作ったりしました(笑)。しかし老年の方達の発する質問は非常に初歩的な物で、三脚の操作の仕方から、レンズの選択、絞りの選択、構図の縦横、手前の山やススキの入れ方外し方、遠方に見える送電線の扱い、ピント位置、露出補正の程度に至るまで、正に一挙手一投足ごとに質問が出てきます。脇で聞いている私の方は「そんな事ぐらいなんで知らないのだぁ!」とキレそうになるような質問ばかりです(笑)。しかし先生の方は決してキレる事なく、丁寧に端的に散弾銃の様に答えて行きます。しかも言葉で答えるだけではなく、実際にその人のカメラのファインダーを覗いてアドバイスもして行きます。これらの事を多勢に無勢、10名近い「質問魔」に一人で立ち向かうので、ご自身が撮影しているヒマが殆どありません。しかし質問に答えながら寸暇を惜しんでカメラを操作すると、今度はご自身が作った構図を「質問魔」の人達に見せて参考にさせます。見せれば見せたで今度は質問と賞賛の嵐に見舞われていました。
これら一連の儀式が、刻々と変化する情景の中で繰り返されました。太陽が出るまでは主に霧の海を、太陽が顔を出すと太陽を入れた写真、太陽高度が上がって霧の海の表面の凹凸が浮かび上がるとまた霧の海、そして最後に暗い背景を選んで逆光に輝くススキと、被写体を変えては前述の質問とアドバイスの散弾銃による銃撃戦の様なバトルが繰り返されました。
そして撮影が一段落した頃、先生から「皆さん、暖かいコーヒーを用意してありますので、宜しかったらどうぞ」の言葉。なんと先生は撮影だけではなく、コーヒーのお世話まで気を使っていたのです。コーヒーを用意した助手の人がいたのかも知れませんが、撮影に専念していた私ははっきりとは助手の人の存在を認知出来ませんでした。それほどに、そのメガネと口ひげの先生は忙しく動き回られていました。10名近い人達を人里はなれた山の上まで日の出前に連れてきたという事は、恐らく朝とても早くから起きて、準備をして、待ち合わせ場所に参加者の人達が来るのを待ち、集合後に撮影場所の説明をして、遠路はるばるクルマを(はぐれないように)ゆっくりと運転して撮影場所に来られたのでしょう。その心労たるや、察するに余りあります。
私の方は朝起きてから、誰の世話もすることなく、誰にも邪魔されず、起床30分後には車に乗り、誰もがはぐれるようなマイペースでクルマを運転し、その1時間後には撮影スポットに立っています。至って気楽なものです。
実はこの様な光景を、つぶやきvol.94で書いた君田村のヒマワリ撮影の時にも目撃しました。沢山いたカメラマンの中にやはり「先生!」を連発する老人の方々と、その間を忙しく駆け回るメガネと口ひげのプロとおぼしきカメラマンがおられたのです。その時私は君田村に5時半には着きました。しかしその時既にその「先生」は忙しく「質問魔」から「質問魔」へと駆け回わり質問に答えられていたのです。こんな早朝に多数の人達を引き連れて遠方まで赴き、絶品の被写体を目の前にしながら90%以上の時間を「質問魔」の方への回答とアドバイスに忙殺され、殆ど撮影する時間も無いのに、恐らくは撮影会の後で「先生」として手本写真を見せなければならない大変さ。そんな事が、私の脇で繰り広げられた「霧の海の撮影会」を見てヒマワリ撮影の時に目撃した情景と共に思い起こされました。
趣味を仕事にしてはダメです。趣味は趣味だから楽しいのです。
大学時代の趣味を仕事にしてしまい後悔しているKENの脳裏に、そんな言葉がよぎった朝でした。
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<上の写真>
日の出と霧の海を前に、撮影に勤しむ人達。生徒の方達は画面左側にもいて、総勢約10名ほどでした。画面左のひときわ高い三脚に添えたカメラは私のEOS3。手前のススキを避けて構図を作るために、スリック・ザ・プロフェッショナルを最大の高さ(2m)まで上げて、踏み台がわりのベンチの上に立って撮影しています。沢山の「生徒」の方達の持っている三脚は小型の華奢なものですから、この様なアングルは取りようがなく、従って「手前のススキの入れ方外し方」の質問が連発される事になりました。
<下の写真>
逆光に輝くススキ、という撮影テーマになった時の情景。カメラマンの方達の後方でひざに手を当てて立ってアドバイスしている方が「先生」です。この撮影の後でコーヒータイムとなりました。 |
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