「今度の週末は湯来に行くつもり。今年は昨年の反省を踏まえての撮り直しですね。」
これは友人Nさんと電話で会話したときの私の言葉です。「雨桜」を初めとして2003年には桜を沢山撮影しましたが、2003年の桜のシーズンはたった一枚を撮り直す為に臨んだと言っても過言では有りません。撮り直しの元になった写真は2002年の桜のギャラリー「湯来町の枝垂れ桜」の二枚目。私個人が最もドキッとしたカットであり、ホームページに来てくださる多くの方からも賛辞を頂きました。月明かりや、夕暮れ、明け方の光の中では濃紺に発色するE100VSの特徴的な深い藍色の中に淡いピンク色で浮かぶ枝垂れ桜の花々、しかし、このカットの桜は原板で見るとブレているのです。意図しないブレやピンぼけは個人的に許容しないので、このカットはとても悔しい物であり「来年撮り直しだ!」と現像が上がったときに誓ったのでした。そう、今年は昨年のリベンジなのです。
昨年の反省材料は1にも2にもブレです。昨年の撮影時に枝垂れ桜は常に風に揺れていて、止まることは有りませんでした。風は待てば一瞬止む事はあるのですが、長い枝垂れ桜の枝は振動周波数が低く、慣性モーメントが大きいために風が一瞬止んでも揺れは止まりません。その内にまた風が吹いてしまうために揺れの止まる瞬間が無かったのです。ならば速いシャッター速度を使いたくなりますが、E100VS独特の深い藍色を導き出すためには、肉眼でも薄暗い状況下でノーストロボで撮影しなければならず、それは不可能です。ちなみに昨年の写真の撮影データは、絞り開放(F2.8)で1/6秒です。
ならばどうするか。風の吹かない時に撮影するしかありません。広島は瀬戸内海に面しており海陸風の影響を強く受けます。海陸風の吹く場所では朝と夜の二回、凪(なぎ)があります。私が日ごろ撮影していてこの凪を実感するのは、日の出後の2時間程度です。夜明けの写真を撮ってから二時間ぐらいは風が無く、朝露や霧が自然の中に静かにたたずんでいます。しかし日の出後2時間ぐらいすると風が起き、霧も朝露も消えて行くことを毎回のように見てきているのです。この日の出後二時間ぐらいがいわゆる「朝凪」なのでしょう。朝凪があれば夕凪もある筈ですが、これは日没後暫くしてからの時間帯になるので、撮影に出ていることは稀で、私個人はフィールドで実感したことがありません。
昨年の撮影は日没前後であり、まだ夕凪の手前の時間帯だったと言えます。夕凪が訪れる時間は既に真っ暗なはずで、それはそれで撮影にはなりません。だから今年は朝凪の時間帯、つまり夜明けから早朝の枝垂れ桜を狙うことにしました。
もう一つ試してみたかった事が光線状態によるE100VSの発色の変化です。しかしこればかりは天候/月齢まかせです。Nさんから湯来の枝垂れ桜が満開になったと連絡をもらったその週末、撮影決行の日の天気予報は「曇り。昼過ぎから雨」。そして月齢は9.2の上弦の月。月の出は午前11時過ぎで夜明けに月は有りません。従って今年は月のない曇り空の中での撮影になりました。曇りの明け方にE100VSが昨年同様の深い藍色に発色するかどうか不安が募ります。
撮影日当日。いつものように午前4時に起床し、クルマで湯来を目指します。そして夜が明けだした5時半過ぎに湯ノ山温泉の駐車場に到着しました。天気は予報どおりに曇りです。多くのカメラマンは夜明けの桜の全景を狙うために定番撮影スポットに消えて行きますが、今年の私の関心事はワンカットだけです。E100VSが藍色に発色する筈の夜明けの貴重な光線状態の中で、思い通りのカットを仕留めなければなりません。それで一人、夜明けの桜の根元に立ちました。
カメラをセットしてちょっと焦りました。昨年の枝垂れ桜のカットを撮影したアングルが見つからないのです。淡い記憶を頼りにカメラを構えると、背景も枝ぶりも全く異なりました。それで暫くレンズを様々な方向に向けてアングルを探すと、やっと見つけることが出来ましたが、そのポジションは、立ち位置もレンズを向ける方向も意表を突くもので、他の人にはちょっと見つけられないかも知れません。思わずつぶやいたことが「昨年のKEN、良くぞこのアングルを見つけたな!」でした(笑)。
しかし、次なる軽いショックが。昨年とは枝ぶりも花のつき具合も微妙に異なるのです。昨年見事に逆Yの字型に存在感を見せてくれた枝は他の枝と絡み合い、雑然とした状態になってしまっていました。しかし他のアングルを探しても、昨年撮影した枝ほどに良い条件の場所はありません。それで目の前の状況を料理することに注力します。思惑通り、朝凪の時間帯の湯来に風は無く、妖艶な枝垂れ桜は夜明けの薄暗い光の中にピタリと静止していました。
昨年の撮影データはSigma AF70-200mm F2.8EX
HSM (180mm), F2.8, +0.3EV, 1/6秒です。そこでEF70-200mm F2.8Lを180mm付近にセットし、構図を微妙に調整しながら開放で絞り優先AEで+0.3EVを挟んで段階露出をしてゆきます。今年は露出による藍色の変化も見てみたくて、マイナス補正側のカットを多くしました。また少し構図を変えて撮影.....絶対に失敗の許されない撮影です。全ての撮影には三脚にリモートケーブル、そしてミラーアップを使いました。この様にして一つのアングルでフィルム一本、36枚を撮りきりました。
この撮影の後で枝垂れ桜の全景撮影を含めてフィルム数本を消費しましたが、しかし私の関心事はこのワンカット、フィルム一本の中に収められている筈の思い通りの一枚です。
数日後、フィルムの現像が上がってきました。職場近くにあるカメラショップでそのポジの入ったスリーブをカウンターの上に広げると、ショップの人が「うわぁ〜、何ですか、それ!」と声をあげました。曇り空での撮影でしたが、そこには夜明けのE100VS独特の深い藍色、あるいはマリンブルーとでも呼ぶべき蒼い世界の中に、淡く白い小さな点が浮かんでいました。ルーペでチェックすれば、ブレは全くありません。露出を様々に変え、撮影時刻にも多少の幅があったので、藍色の色合い、桜の光と影のバランス、そして桜自身の色あいも微妙に変化していて、様々なバリエーションがありました。枝ぶりは昨年の方がまとまり有りますが、それ以外の部分は私の思い通りの写真になっており、昨年のリベンジは一応成就したのでした。
EOS3, EF70-200mm F2.8L USM (120mm), F2.8, AE(-0.7EV, 1/5sec.), E100VS
次回つぶやきでは、この枝垂れ桜を1アングルで36枚撮影したスリーブを丸ごとお見せします。露出や夜明けからの時間経過でE100VSがどの様な色の再現をするのか、じっくりとご覧頂きます。
続く
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