---------------- 撮影記です ----------------
1月18日午前5時。駐車場に行くとクルマの窓硝子が霜で真っ白になっていた。プラスチックのヘラを使って霜を掻き落とすと、氷の粉が手についてとても冷たい。しかしこの冷たさは長らく待ち望んだ物なのだ。
この冬は暖冬で、週末の写真撮影の時に今までクルマの窓硝子に霜の下りたことが無かった。冬なので冬景色を求めて毎週の様に出かけてはいるのだが....昨年同様、正月休みに島根の三瓶山方面に行ったときには雪ならぬ土砂降りの雨が降っていて、雪は殆ど消えうせていた。先週末(1月12日、成人の日)の天気予報では朝とても冷え込むとの事だったので、広島県で最も寒い地域・高野町まで足を延ばしたが、日の出時の気温はマイナス7度だったものの、その日の朝は乾燥していたらしく霜が全くなかった。一週間以上降雪が無かったために雪も殆ど無く、真冬の朝だと言うのに白い景色がどこにも無かった。天気予報の最低気温がさほど低くない、雪や霜が無い日には日の出撮影を、という事で野呂山や岡田山などにも出かけているのだが、良い日の出には恵まれていない。そんな実りのない週末が何週間も続き、フラストレーションの溜まっていたKENなのである。
1月13日から16日にかけて広島県北部で雪が降った。時折広島市内にも雪が舞ったが、先日訪れたばかりの高野町では積雪60cmとのニュースも流れていた。それでこの週末には「やっと冬景色に会える」と期待していたのだ。
1月18日の天気予報は県内全域で晴れのち曇りである。朝は良く晴れて冷え込むようだ。高野町や芸北町あたりの最低気温予報はマイナス6〜7度ぐらいになっていた。さて、何処に行こうか?広島と松江を結ぶ一級国道・国道54号沿いであれば除雪、凍結防止対策が行き届いているので私のクルマでも問題なく走行出来る。この国道の状況は山間部にWEBカメラが有り、30分毎に更新されるので自宅で道路状況をチェックできるのだ。しかし印象的な冬景色はむしろ人里はなれた所にありそうである。芸北町の八幡高原ならば良い景色に恵まれそうであるが、そこに至る道は二級国道(191号)であり、国道54号の様な「除雪基地」を見たことが無い。おまけに降雪量と寒さは国道54号線沿いとは比較にならないくらい多く、寒い。
私のクルマは基本設計が古く、ノーマルのクルマとしては最低地上高があまり高くない。おまけにタイヤもノーマルである。いい加減にスタッドレスタイヤを買うべきだとは思うのだが、自宅マンションにタイヤを置く場所が確保できていないので、まだノーマルのままである。だから雪道には弱い...
で、何処に行こうかと考えたが、ダメなら途中で引き返すつもりで芸北町の八幡高原に行くことにした。(八幡高原の位置はこちら【Yahoo地図、縮尺を変えると付近の詳細図も見ることが出来ます】)一昨年の11月に一度引き返した経験もあり「ダメもと」は私の得意技である(笑)。広島の豪雪地帯である八幡高原に行ってみようと思った決め手は、八幡高原にある某民宿の画像付き掲示板である。写真もかなりの腕と思われるマスターによるその掲示板には、冬の妖精が舞い降りたような素晴らしい写真と共に、直前の情報として「今回の寒波では一回も除雪に出なかった」とあったからだ。除雪の必要が無かったとすれば、私のクルマでもたどり着けるかも知れない。それにスキー場に通じる道は除雪が行き届いていることは、先週の高野町撮影行で比婆バレースキー場入り口まで行った時に体感している。
クルマをスタートさせると外気温計は0度を示したが、やはり冷え込んでいるらしく直ぐにマイナスに転じた。広島市内を抜けて、広島北ICから戸河内ICまでは高速道路を使う。広島北の外気温はマイナス2度だったので戸河内の寒さと残雪は凄いだろうと思ったが、戸河内に着いてみるとやはりマイナス2度でちょっと拍子抜けした。それに月明かりに見える周りの景色に雪が全くない。また期待外れの朝になるのかという不安と共に北を目指す。しかし高度が上がり出すと外気温も下がりだし「虫の木峠」のあたりではマイナス6度になり、所々路面も凍結し始めた。それでもまだ周りの景色に雪は無い。状況が一変したのは「深入山いこいの村」分かれの辺りで、外気温がマイナス8度、9度と一気に下がりだし、かなりの距離に渡り完全に氷で覆われた道が現れ始めた。この辺りからノーマルタイヤの私は路面を細かく読んで慎重に運転せざるを得ず、先行していたスキー客のクルマに遅れを取るようになる。慎重にとは必ずしも速度を落とすことでは無く、上り坂の凍結路では速度を失わないように、トラクションを掛けられる路面で多少加速しておく。また凍結路面上でコーナーリングをしなくても済むように走るコースを組み立てる。下り坂は逆に凍結路面の始まる前に十分に速度を落としておき、凍結路面上では加速も減速もしない、タイヤにトラクションが掛からない様な微妙なアクセルワークをする。聖湖入り口を過ぎると外気温がマイナス10度を下回わり、周りの景色も月夜に真っ白に輝き始めた。私のクルマがマイナス二桁の外気温を示すのは新車時から初めての事である。八幡高原191スキー場入り口のところで国道191号を右折し、しばらくして県道から町道に右折すると、5cmぐらいの全面圧雪&凍結路になった。そこを速度を失わないように微妙なトラクションを掛けて走り抜ける。この辺りの低温は局所的に存在するようで、どんどん気温が下がり出す。それもアナログ的な下がり方では無く、林を抜けると一気に2度下がるような感覚である。当初殆ど轍の深さが無かった町道が、臥龍山への登山道との合流点で雪が深くなり(県道から1km、外気温マイナス12度)、そこから700mほど進んだ臥龍山山麓公園では轍の深さが10cm以上になって、外気温は一気にマイナス14度まで下がった。私の目指す場所はそこから更に数百メートル先の、茶屋のある公園である。町道は山麓公園を過ぎると小さな切り通しを抜けるのだが、そこの轍は明らかに4WD車で作られたと思われる程に深くなり、クルマの底を擦るようになってしまった。一度止まってしまっては再発進出来そうに無いので、かなりの不安に包まれながら、とにかくアクセルを緩めること無く、ガリガリという雪を底で擦る音を聞きながら走り続け(半分はソリ状態)、やっとの思いで切り通しを抜けて公園に到着した。ここに来る目的は、八幡高原で唯二のトイレの為である(もう一つの公衆トイレは更に山奥のキャンプ場にある)。いつもここで撮影前、撮影後のトイレを済ますのだ。
しかし、トイレは冬期凍結の為にシャッターが下ろされて封鎖されていた。ショックである。朝の私はトイレが近いのに(^^;;
しばらく考えて、スキー場のトイレを貸してもらう事にした。しかし次なる不安が....たった今、轍が深くて雪をクルマの底で擦りながら走ってきた道は、戻る時には上り坂で、恐らく途中でスタックしそうなのだ。それで暫く考えて、来た道とは違う、県道に向かって下る道を走る事にした。とにかく下り坂であれば多少の雪があっても走り抜けられる可能性が高い。それで恐る恐る(しかしクルマがスタックしない様に速度はある程度保ちながら)走ってゆくと、無事県道に出ることが出来た。その県道には雪が無かった。さすがはスキー場に繋がる道である。
八幡高原191スキー場に着くと、入り口で駐車券とおぼしきチケットを差し出された。それで「すみません、トイレをお借りしたいのですが、公園の公衆トイレが閉鎖されていたもので」と告げると、受付のお兄さんはちょっと困った顔をしたが、受け付け付近の駐車場にクルマを止めて歩く事を条件に、駐車料金を払うことなくトイレ借用をOKしてくれた。クルマをスキー場内に入れてしまうと、駐車場の係員が奥深くクルマを誘導してしまうからだ。私はその若いお兄さんの厚意にとても感謝した。ちなみに20代後半と思われるそのお兄さんは、スマップの中居正広にそっくりな、オヤジの目から見てもカッコイイ青年であった。
スキー場を後にすると、夜が明けだした。それでまた山麓公園まで戻ることにする。そこまでなら問題なく走れる事は既に確認済みだし、その辺りには土地勘もある。おまけに周りの情景は美しく氷結して真っ白だったのだ。それで先程走った道をまた走り、5分程で山麓公園に到着する。外気温は先程と同じマイナス14度である。
靴を防水トレッキングシューズに履き替え、防寒着を着込む。カメラ機材を揃えて、雪道を歩き出す。普段あまり冷え込まない場所にしか生息して来なかった私にとって、氷点下14度は今までの人生で経験する最低気温であるが、思った程には寒く無かった。多分風が全く無いからであろう。しかしカメラを操作するために手袋から出した指先は突き刺さるように痛い。またEOS55+BP-50のニッケル水素電池の容量が多少減っていたらしく、巻き上げに弱々しい唸り声をあげており、やはりとても寒いのだという事を痛感する。(しかしEOS3+BP-E1の方は至って元気で、ニッケル水素電池の極低温時の底力を感じた。アルカリ電池なら新品でも動かないだろう)。
雪道で時折立ち止まりながら、じっくりと被写体と構図探しをするが、辺り一面は銀世界であり、木々も真っ白で、何から撮影するか迷う。「もうすぐ日が昇るので、最初はコントラストの低い方が絵になる被写体の方が良いだろう。木々についた霜のマクロ撮影や、真っ白になった木々(樹氷)は陽が昇ってからゆっくり撮影しよう。何しろマイナス14度なのだ。午前中いっぱいは氷の景色はあるだろうから」と思った。それで公園から臥龍山登山道のある草原(雪原)の方に足を踏み入れて、撮影を始めた。そこには凍結した池や川があり、それらをフィルムに納めてゆく。積雪20〜30cm程のこの場所では、昨年開発したカメラバッグの脚がとても役に立ち、何処でも気兼ね無くバッグを置き撮影に専念できる。またこの辺りにある「足跡」はカンジキかスキーかソリ(雪上バイク)のもので、私のように「靴」で歩く人は居ないようだ。真冬の八幡高原はそういう場所の様である。
撮影を始めて小一時間ほどすると少し汗ばんだ。大して運動をしている訳ではないし、手袋から出した指先は冷たいのだが、この寒さの中で不思議と汗をかく。もっと暖かい、氷点下数度の場所でも同じ服装で凍えた経験が沢山あるので、実に不思議な感覚だ。そして幾許も無く東の空から太陽が顔を出した。東には臥龍山がそびえているので、太陽が出たのは本来の日の出から一時間も経った8時半頃だ。太陽は空を青く染め、氷結した木々を目にも鮮やかな白に輝かせはじめた。私はそれらを撮影すべく、草原から木々が植えられている場所まで戻どり(クルマを止めた広場のあたりだ)、青空をバックに白い木々を撮影し、更にはその辺りから見える他の木々の遠景も撮影した。その私の身体全身にも朝日が降り注ぐ....暑い!何故かとても暑いのだ。極寒の草原で汗だくになってきた。何故だ!?何れにしてもこれは耐えられないので、重ね着した防寒具を一つ脱いだ。その服装は冬の街中を普通に歩くときと同じ軽装であるが、それで丁度良いのだ。何故??
私はこの暑さ、汗だくになる意味を悟った。太陽が昇って気温が急速に上がっているのだ。ふと気付くと、真っ白に氷結していた木々やススキから白い色が消え始めていた。私は慌ててタムロンマクロをカメラに付けて、残っている日影の霜、氷の結晶の撮影をしたが、数カット撮影したら日影の霜も溶け初めて湿っぽくなってしまった。その時刻は9時過ぎ。日の出から約2時間、臥龍山から太陽が現れて約1時間である。ホンの2時間前はマイナス14度で、氷の景色など午前中いっぱい有るだろうと思っていたのに、2時間後には霜はなくなり、真っ白に氷結していた木々は黒くなってしまった。そうなるとは知らず、私は沢山の素敵な被写体の大半を撮影することも無くやり過ごしてしまったのだ。...ああ、経験が無いという事は怖いものだ。
山麓公園での撮影はこれでお仕舞いにして、クルマに乗り込んだ。外気温計はなんとプラス3度を示していた。駐車していたのでエンジンの温度で多少高めに出ていた様だが、走り出しても2度までしか下がらなかったので、2時間あまりで16度も気温が上昇したことになる。その時に思った。放射冷却によるマイナス10度以下の低温は局所的に存在し、また同時に陽炎のように儚いものなのだ、と。
次はいつもの白樺林に行くことにした。そこに至る道は緩やかな直線の上り坂で、路面は見事に全面凍結していた。途中で止まっては登りきれぬと思い、上り坂にさし掛かる前にクルマを加速して勢いをつけて、一気に坂の頂上まで登り切る。頂上付近は三叉路になっていて、脇にちょっと広い場所があるので、そこに駐車しようとしたら先客がいた。4WDのミニバンだ。さすがにこの日の臥龍山麓で見るクルマは4WDのSUVかミニバン、それに雪上バイク!ばかりで、2WDのノーマルタイヤのセダンなんていない。当て込んでいた駐車スペースを失った私は、クルマを他の邪魔にならぬ所に駐車するために三叉路で切り返しをするが、方向転換した後が圧雪&凍結路の坂道発進になってしまい、スリップするばかりで進まない(^^;。ATをスノーモード(2速発進)にして、細心の注意でトルクをかけて、やっとの思いで発進し駐車した。
いつもの白樺林は一面の雪に覆われ、とても美しい情景を作り上げていた。白樺の白と雪の白がマッチするだけではなく、朝日の斜光を受けて雪の上に美しいゼブラ模様を描いているのだ。先客は二人連れのカメラマンで林の中に入り込んで撮影している。私はまず林の外から全体の状況観察をすべく、30cmほども雪の積もった白樺林の脇の道を、めぼしい情景を撮影しながら端まで歩いた。そして今度は同じ道を引き返し、そのカメラマン達の所に行ってみる事にした。林に入り込めば折角の綺麗な雪面に足跡をつけてしまうので、かなり遠回りして先客のカメラマン達が歩いたのと同じルートを歩く。
そのカメラマン達の居る場所からみる林は一段と美しく、絵になりそうだったが、何故かカメラマンはシャッターをあまり押さずに、構図作りに悩んでいるようだった。よく見れば、更なる先客がつけたと思われる足跡が林を横切っていたのだ。後から来るカメラマンの事は考えずにベストアングルを自由に探したんだろうなぁ(怒)。そのカメラマン達に挨拶すると、1人が開口一番「うわぁ〜、よく考えていますね」と、雪原撮影の秘密兵器である脚の生えたカメラバッグをみていたく感心された。それから足跡の状況と構図についてカメラマン達と話をしていたら、もう一人が「あのクルマは四駆ですか?」と聞いてきた。「いえ、二輪駆動で、しかもノーマルタイヤですよ」と答えたら首をすくめて「え〜〜〜っ!安全にね」と呆れ顔で言われてしまった。まあ、これだけ雪の積もっている山の中に二輪駆動のノーマルタイヤで来る奴は居ないよね。
やがてそのカメラマン達は帰えり、誰もいなくなった林で撮影を続けた。足跡が林を横切っているので広い範囲は写しにくく、望遠で美しい雪面だけを切り取って行く。雪を活かした絵造りをしようとすると、白樺の足元を狙う事になるが、根元まで繊細で美しい白樺は、まるで女性の脚だな、などと思いながら撮影していった。
やがて4本目のフィルムを撮り終えた。時刻は11時を少し回った所である。既にめぼしい情景は撮影したし、気温も上がり美しい被写体がどんどん溶けて無くなっているので、引き上げることにした。
クルマをまた走らせる。夜明け前にスキー場でトイレを借りてからトイレには行っていない。それで帰りがてら公衆トイレのありそうな場所に寄ることにした。聖湖の樽床ダム脇のトイレは道が雪に閉ざされているだろうから諦めて、八幡高原からかなり戸河内方面に走った「深入山いこいの村」に立ち寄った。その入り口の道路もかなり急な坂道で、左折したら直ぐに長い凍結路が見えた。例によって凍結していない路面のところで加速をつけて、凍結路は勢いで登り切る。そこには無料休憩施設があり、その屋内にトイレがあるので使えると思ったのだが、休憩施設そのものが閉鎖されていた。それでまたクルマを走らせて、結局トイレにありつけたのは板ケ谷のチェーン脱着場にあるトイレだった。ここは三段峡駅から直ぐの場所である。ここで遅い朝食を食べてから、帰途についた。
今回の教訓
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広島の山間部の極低温は、放射冷却によるものの場合は局所的、かつ日の出までの短時間だけ存在する。何もかもが凍りついたような美しい景色は、日の出と共に短時間で消えてゆくので、撮影は時間との勝負だ。
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スキー場に通じる道は比較的除雪が行き届いている。しかしその先は油断大敵。
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真冬の芸北に、公衆トイレは無い!
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