つぶやき144で、英語圏(主にアメリカ)のEOSカメラマンはレンズ選びの基準が解像度(シャープさ)偏重になっていると書きましたので、今回は私のレンズ選びの視点を語ってみようと思います。ただ最初に言お断りしておきますが、私の視点が必ずしも正しい訳でもありません。レンズ選びの視点に絶対的な正解など無く、その人の目的、予算、あるいは写真という「趣味」との接し方で変わって当然です。まあ、何かのご参考にでもなれば...と気楽に書く事にします。
最初に、私のレンズ選びの視点を司る「KENの性質」を明らかにしておきましょう。視点だけを語っても多くの人とは異なる筈で、視点の背景を明確にしておかないと理解に苦しむでしょう。
KENの性質1;貧乏性である! レンズの性能のためと言えども、お金に糸目はつける!!(笑)
これは今までも何度か語ってきたことなので、多くの説明は不要でしょう。どんなに性能の良い機材でも、一つの機材に6桁(10万円以上)のお金を払う気持ちは殆どありません。長い人生の中ではいつかカメラ機材に6桁のお金を払う日も来るでしょうが、それは相当な理由と英断があっての事になります(笑)。
KENの性質2;カメラに回せるお小遣いは多少ある。
サラリーマンで、酒も飲まず、タバコも吸わず、ギャンブルも一切しないので、カメラに回せるお小遣いが多少はあります。学生さんに比べると消費金額は多いでしょう。しかし貧乏性という金銭感覚から、最高級機材をずらりと揃える事はあり得ません。
KENの性質3;理科系の人間で、その思考回路は理論的、客観的である一方、奇想天外である(笑)
私の大学、大学院での専攻は実験原子核物理学です。大学院時代には粒子加速器の運転免許を持っていました。微分、積分、相対性理論、四次元空間、何でも来い!..でした...が、最近はさすがに忘れました(^^;。量子力学だけは馴染めませんでしたね〜(^^;;;
物事を考えるときに、地球上の様々な特殊条件を外して宇宙空間から客観的に眺めて考えてみる、という癖があります(なんのこっちゃ??)。
KENの性質4;作品主義である。
写真機材は作品を作ることが目的で、所有することが目的ではないと思っています。作品製作に十分な仕事をしてくれる機材なら、最高級の性能でなくともそれで十分。逆に妨げになる様な機材なら、最高の評判を持つ世界の超一流品でもゴミです。
KENの性質5;ネイチャー写真は一期一会だと思っている。
ネイチャー写真撮影では、その場で被写体をフィルムに収められなければ、同じ被写体には二度と巡り会えないと信じています。だから撮影現場の状況に相応しい対応が出来る機材を、その場に持って行ける事をとても重視します。
次に「レンズとは何なのか、どう接するべきか」について私の考えを述べましょう。
写真を撮るときにカメラマンは幾つかのパラメーター(変数、変動要素)を、作品の狙いや撮影状況に合わせて操作選択します。それはフィルムであったり、シャッタースピードであったり、構図であったりしますが、レンズ本体に関係することは三つです。それは
1 焦点距離、 2 撮影距離、 3 絞り
皆さんには釈迦に説法になりますが、上記三つのパラメーターと、得られる結果の違いについて整理しておきましょう。
焦点距離 |
写る範囲、被写体の大きさ、前景/背景との構図バランス、前景/背景のボケの大きさ、被写界深度、遠近感 |
撮影距離 |
写る範囲、被写体の大きさ、前景/背景との構図バランス、前景/背景のボケの大きさ、被写界深度、遠近感 |
絞り |
前景/背景のボケの大きさ、被写界深度、ボケの質、レンズのシャープさ/周辺光量/周辺画質、シャッタースピード(被写体の動感/ブレ) |
こうして見ると、三つのパラメーターが影響する範囲はかなり重複していて、焦点距離と撮影距離に至っては殆ど一致しています(しかし影響度合いと結果は異なります)。当たり前のことに聞えるでしょうけど、この先は一般の人の発想とは少し異なると思います。影響する範囲が殆ど同じであるからには、レンズに関わる三つのパラメーターの選択は、撮影状況に合わせて平等の重みで、かつ可能な限り適切に行うべきだと思っています。どれかのパラメーターが重要で、他が重要でないという事は無く、平等なのです。例えば被写体の大きさは焦点距離と撮影距離の両方で変わりますが、ある撮影位置を基準にして、同じレンズで近づいて大きくした場合と、ズームレンズなどで長焦点側に焦点距離を変えて大きくした場合では、主被写体の大きさは同じになっても、それ以外の要素が全く異なってしまいます。ある狙いの写真を撮る場合にどちらのアプローチが相応しいかはケースバイケースです。
『単焦点レンズはある意味で欠陥レンズ』
ほぼ全てのレンズが絞りと撮影距離について、最大値と最小値の間をほぼ連続的に選択出来ます。私はこれを「レンズが絞りと撮影距離に関してズーム(連続可変)機構を持っている」と捉えています。問題は焦点距離における単焦点レンズとズームレンズの関係です。私にとって、焦点距離がその場の状況に合わせて連続的に選択できるズームレンズは、単焦点レンズよりも偉い!と考えています。
作品製作の視点からすると、例えば50mm単焦点レンズのF11で撮影した写真は、同じ位置から同じ被写体を同じ構図でズームレンズの50mm
F11で撮影した写真とは歪曲収差とか幾つかの「ズームの弱点」をあら探ししない限り原則として区別が付きません(F11で撮影って所がミソで、単焦点の逆襲はあとであります..お楽しみに)。その「ズームの弱点」は建築物の様な特定の被写体以外では目立ちにくく、ネイチャー写真の場合には全くと言っていい程に差が無くなります。そして、もしその場で最も適切な焦点距離が50mmではなく58mmだったらどうなるでしょう。出来上がる写真の勝敗は明らかです。最適な焦点距離はズームレンズでなければ対応出来ません。
ピントリングを回して撮影距離を調節するように焦点距離も調節できないと、映像作品製作の為の道具としては不完全だと考えています。
読みたい人だけが読む・単焦点至上主義に対するアンチテーゼ
ズームレンズで写真を撮ると上手くならない、と言われますね。その場でズームリングを回して構図を作るのではなく、焦点距離を固定して、ポジションを変えて構図を作る様にしないと...などなど。これは事実ですが、このレベルで留まって「単焦点の方が偉い」と思っている人は私の視点では「まだまだ写真修行が足りない」のです。三つのパラメーターのうちの二つまでしか同時に考える事が出来ない方だと思いますので。写真の構図を作る時に立ち位置を固定せず、変幻自在に動き回れ、という事には100%賛成です。しかしある狙いの写真を撮るときに「焦点距離」を固定して「撮影距離」を変える事が正解とは限りません。私にとってこの二つのパラメーターは平等であって、逆のケースも50%の可能性で発生します。例えば主役に対する背景や前景とのバランスをとろうと思うと、先に撮影ポイントが決まり(その決定過程ではあちこち動き回る事になります)、そこから狙うべき焦点距離が次に決まります。その結果ホンの少し望遠側にして後ずさりしたり、逆に広角側にして前に出たり、という事は日常茶飯事です。その際にその場に相応しい焦点距離が得られなければ、狙った作品は生まれないことになります。また広角レンズでの近接撮影ではホンの僅かな立ち位置の移動で背景のパースペクティブがガラリと変わってしまうので、微妙な構図調節はむしろ焦点距離側ですべき、というケースも多々あります。
また風景などでは遠方の被写体との位置関係を大きく変えることが出来ません。その場合にある焦点距離で余計な物を写したり、大切な物を欠いてしまったりするよりは、ホンの数ミリの焦点距離調節をして、写したい物を写し込み、余計な物を排除出来る方が遥かに大切なのです。私の作品主義は、どの様な機材を使ったかではなく(それは手段であり、目的に従属するものです)、フィルムの画面内に何をどの様に写すかが目的で、それだけが価値なのです。
※もしあなたが火星人で、物理理論には詳しいけど、長年の地球上の写真界の風習を知らないとしたら、三つのパラメーター〜焦点距離、撮影距離、絞り〜の一つだけを固定して他を調節するべきだ、という考え方に違和感を覚えると思いませんか?物理理論からすれば、焦点距離と他の二つのパラメーターの間に優劣などありません。
※もう一つ、単焦点潔癖主義者の方にはショッキングな事を言っておきましょう。35mmカメラ用レンズは少数の例外を除いて、ピントリングを動かすことは正真正銘のズーミング(連続的焦点距離変更)です。例えばキャノンEF300mm
F4L ISは無限遠撮影時には300mmレンズですが、ピントリングの回転と共に焦点距離は変わり、1.5mで撮影している時の焦点距離は240mm以下です。これは後日のつぶやきで詳しく語ります。 |
『単焦点レンズはある意味で自由なレンズ』
写真撮影レンズの基本はズームレンズであり、単焦点はあるべき能力の一部を備えていないレンズだと思っていますが、現実を考えたときに、単焦点だから得られることも沢山あります。焦点距離、撮影距離、絞りの三つのパラメーターの全てを広範囲に一本で満たそうと思うと、技術的には困難を伴い、コスト重量が飛躍的に増大します。現実的なコストや重量に抑えようと思えば(KENには買えないレンズも、撮影現場に持って行けないレンズも無価値なのです)、逆にこれらのパラメーターの調節範囲や性能で妥協しなければなりません。簡単に言えば、ズームレンズはある焦点距離において、同一焦点距離の単焦点レンズよりも暗くて、寄れないし、ある種の性能は劣るし、重くて高価ですよね。だから、レンズの基本はズームレンズではあっても、ズームの限界を超えて写真の世界を広げてくれるレンズが単焦点レンズだと思っています。
絞りについて考えれば、レフレックス以外の全てのレンズは「絞りズーム(連続可変)レンズ」です。単焦点とズームの違いはその範囲で、一般的に単焦点の方が明るく選択できる絞り値が広いです。これは言い換えれば「単焦点レンズは高倍率絞りズームレンズ」と言えるでしょう。F2.8よりも明るいレンズは事実上単焦点の世界で、その明るさにより生まれる写真も沢山あります。単焦点、決して捨てた物ではありません。
話がわき道にそれますが、私は絞りが不可変のレンズが出来ないのかな?と思っています。実用的には絞り可変レンズの方が遥かに便利ですが、使用用途を限定した場合、絞りの連続可変を実現する「絞り羽」はボケ味を中心とする性能を損ないます。そこで絞りは固定で、必要であれば差し替える方式です。ある意味でミノルタのTCー1が実現しているような構造です。天体望遠鏡の世界では、絞りの基本は開放で、収差を抑え周辺光量を上げたい時に差し替え式絞り環という物を用いる構造の物があります。35mmカメラにもこの様な構造のレンズがあれば面白いと思います。差し替え式絞りには可変機構がいりませんから、アポタイゼイションフィルターの様な明度が場所で変わる絞りも可能で、それは現在の絞りには無い様々な効果を生むことが出来ます。
次に撮影距離です。ごく一部のレンズ(パンフォーカス)を除き、全てのレンズは撮影距離を変えられますので、「撮影距離ズーム(連続可変)レンズ」ですね。この範囲を拡大しようと思うと、はやりズームには限界があり、単焦点の出番になります。その代表選手はマクロレンズで、このレンズがもたらす美の世界は他のレンズには全く無い物です。また広角系を中心とする単焦点レンズもズームに比べてぐぐっと寄れますので、ズームの限界を超えて写真の世界を広げてくれるレンズです。
私の作品主義では、単焦点レンズもズームレンズでは実現出来ない世界を与えてくれる機材として、やはり重要なのです。
続く
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